第21話 やさしくなければ生きている資格がない
「
「ん、これ」
私はお腹をさする。「ああ」と平瀬さんは納得したようにうなずく。
「『せとか亭』のお寿司、おいしいものね」
「いや、食べ放題で詰め込みすぎたんじゃないからね?」
平瀬さんが言った『せとか亭』とは国道沿いにある食べ放題のお店だ。休日は朝から晩まで死ぬほど混んでいる。
食の細い私は、せっかく連れて行ってもらってもあまり食べられない。その分、弟がめっちゃ食べるけどね。
自分が食べられなくても、家族がおいしそうに食事している姿を見るのは好きだ。
「冗談。薬は?」
平瀬さんでも冗談を言うのか。そして、せとか亭という大衆向けの店にも行くのか。意外だ。
私は、平瀬さんとあまり話したことがない。距離を置かれている気がするからだ。なにげに一年のときも同じクラスだったんだけど。
平瀬さんも間違いなく華のある存在だが、常に周りに誰かいる古址くんと違って、一人でいることが多い。
意図的に壁を作っているのかもしれないし、あるいは人付き合いにあまり興味がないのかもしれない。誰かに話しかけられても、素っ気なく返していることが多いし。
「もう飲んだ。二人とも、心配してくれてありがとう」
「二人?」
平瀬さんが首をかしげる。
古址くんがひらりと手を振った。手、大きいな。
「……そう」
平瀬さんはちょっと面白くなさそうだ。
その様子を見て、私の頭の上に豆電球が光った気がした。
ひょっとして、平瀬さんは古址くんが――。
ここで私が「違うよ平瀬さん。私と古址くんはなんでもないから」とか言うのは悪手だ。いかにもなんかありそうだし、第一古址くんに失礼だろう。なんでもないのは事実だけど、私には言われたくないに違いない。
なので、ここは古址くんにフォローしてもらうのがベスト。
私は古址くんにアイコンタクトを送る。
すると、古址くんは何を勘違いしたのか、そのまま制汗スプレーのCMに使えそうなスマイルを返してきた。かっこよくて思わず胸が高鳴ったけど違う、そうじゃない。
って、伝わるわけないか。ツーカーの仲でもないし。
「…………」
平瀬さんがめっちゃ私を見てる。目力強いな……。
「岩波さん」
平瀬さんが口を開く。私は思わず居住まいを正した。
「は、はいっ!」
「顔色がよくないけど、睡眠は取ってる?」
「え……?」
これはもしや、「そんなゾンビみたいな顔色で私の古址くんに色目を使ってるんじゃあないぞ」とか、そういう意味合いを含んだ
――いや、違うな。
平瀬さん、本気で心配してくれてる顔だ。
妙な勘ぐりをした自分が恥ずかしくなった。
「……あー。昨日はあんまり眠れなかったかな。課題を忘れてて」
幸い、いまは小康状態だけど、いつまた体調を崩すかわからない。なので、普段の勉強はおろそかにしたくない。
FLOのベータテスターをやっているときは成績下がっちゃったけど。
私は、将来はフルダイブ技術に関わる職業に就きたいと考えている。そのためにも、大学には行っておきたい。
ままならない私の身体がどこまでもつかわからないけど、いい加減には生きたくない。
命っていう限られたリソースを目一杯使っていきたい、と言ったら大げさか。
「岩波さんって、やっぱり努力家なんだな」
古址くんが言った。
「うぇ? ……で、できることをやってるだけだよ」
変な声が出た。
クラスメイトに褒められるのは珍しいので、照れてしまう。
ちょくちょく休むし、体育もほとんど見学だから、怠け者みたいに見られることが多かった。心臓のことはクラスメイトには言ってないから仕方ないんだけど。
そうだ。以前、平瀬さんにも似たようなことを言ってもらったな。彼女は覚えていないかもしれないけど。
「休み時間も勉強してるし、なにより授業中絶対に寝ないのがすごいよ。俺には真似できない」
古址くんが言って、私と平瀬さんは笑う。確かに、古址くんは居眠りが多い。
しかし、そんなことを言われたら眠れないな。今日はさすがに寝ちゃいそうだと思ってたけど、がんばってみるか。中間テストも近いし。
そこでふと気づく。登校したときより、なんだか元気になってる。
薬が効いたのか、古址くんにもらったカイロが効いたのか、それとも、二人との会話が効いたのか。
いずれにせよ、これなら授業中に眠らなくても大丈夫そうだ。
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