第15話 飴と首飾り
「すごい! ユーリさん、すごいよ!」
戦闘が終わったことを確認したのだろう。トーラスさんが駆け寄ってきた。
「あんなに強そうなのをやっつけちゃうなんて。もしかして、ベータからレベルを引き継いだりしてます?」
トーラスさんは興奮した様子で言った。
引き継ぎもだけど、ベータテスターの特典は一切ない。けど、プレイ経験は何よりのアドバンテージだ。
「引き継ぎはないですけど、正式サービス開始直後に少し戦ったので、私のレベルは3ですね。あ、いまので上がったかな」
私はレベルを確認する。一気に10くらい上がってないかな。
……あ、あれ。3のままだ。なんで? まさか、バグ?
「どうしました?」
私が固まっていると、トーラスさんが首をかしげた。
私は黙ってレベルを開示する。
「確かに3、ですね。あのエネミー、経験値がなかったんでしょうか」
そんはなずは――。
「……あ!」
とどめを刺さず、ベガイスを逃がしたからか。でもって、野盗の経験値は微々たるものと考えれば納得だ。
野盗、弱かったからなぁ……。
私が説明すると、「なるほど」とトーラスさんはうなずいた。
経験値は惜しかったが、あの場面でとどめを刺すほど私は鬼じゃない。いい戦いができたし、これでよかったのだと思おう。
「そうだ。トーラスさんはレベル上がりました? パーティを組んでいると、共通の経験値が入るんですけど」
「ええと」
トーラスさんは小さな指でメニューを操作する。
「あ、レベル2になってます」
「よかった。戦った甲斐がありました」
「なんか申し訳ないです。僕は何もしてないのに」
「いいんですよ。お気になさらず」
ゲームに不慣れ、しかもソロだと、1レベル上げるだけでも大変だ。一助になれたのなら、幸いだと思う。
「――危ないところを、ありがとうございました」
私たちの会話が一段落するのを待っていたのか、貴婦人が話しかけてきた。
「ありがとうございました」
貴婦人の隣に並んだ少年がぺこりと頭を下げる。かわいい。うちの弟の小さい頃を思い出す。
弟とは、昔よく一緒にアニメや特撮を観ていた。
私が戦闘シーンだけ何度もリピートするものだから、しまいには嫌がられたっけなぁ。そろそろ話の続きが観たいよって。
ちっちゃかった弟は、中学に入ってからぐんぐん背が伸びて、いまじゃ私が見上げる側だ。
もう一緒にアニメや特撮は観てくれないし、かわいげもなくなったけど、スポーツ万能で自慢の弟だ。
「怖かったでしょ。よく泣かなかったね」
私はかがみ込むと、少年に笑いかけた。
「ぼくは男ですので」
少年は胸を張る。かわいらしくて微笑ましい。
「そっか。じゃあ、がんばったご褒美」
私はインベントリから『飴』を取り出し、少年に差し出した。
包み紙に入った小さな飴だ。なめるとMPが少し回復する。味はランダムで、私は桃味がお気に入りだ。
MP回復が目的というより、単に
少年は飴と貴婦人を交互に見た。少し困っているみたいだ。
あ、しまった。身分の高そうな子に、安物の飴は迷惑だったかな。
「いただきなさい」と貴婦人は微笑した。
「ありがとうございます」
少年は再びお礼を言って、うれしそうに飴を受け取ってくれた。ほんと、毎度のことながら、AIとは思えない反応だ。
私はうなずいて立ち上がる。
「それで、助けていただいたお礼といってはなんですが」
貴婦人は首にかけていたネックレスを外し、私に差し出した。大きなルビーがあしらってある。なんだか由緒がありそうな装飾品だ。
「大事な物なのでは?」
私が訊くと、貴婦人はかぶりを振った。
「いいのです。あなたは息子と私の命の恩人です。どうか、受け取ってください」
断ったら、かえって失礼かな。
「では、遠慮なく。ありがとうございます」
私はネックレスを受け取った。『
「トーラスさん、サイコロ振りますか」
私はアイテム振り分けボタンを押してサイコロを出現させる。
「サイコロ?」
「パーティを組んでいるときにゲットしたアイテムは、サイコロで入手する人を決めるんです。みんなで振って、大きい数字が出た人が勝ち」
デジタル技術の粋みたいなゲームなのに、サイコロを使うのは面白いなと思う。開発者の趣味なのかな。
「え、いやいや、そんな。僕は遠慮しておきます。そのアイテムは、ユーリさんが使ってください。ユーリさんの活躍があったからこそ、ですし」
そう言って、トーラスさんはちらと貴婦人に視線を向けた。
貴婦人は、何か言いたそうにじっと私を見てる。……むむ、おまえが使えというプレッシャーを感じるぞ。
どうやら、これは私がもらった方が良さそうだ。
私はサイコロを引っ込めた。
「わかりました。私が頂きますね」
「ええ、是非」
トーラスさんと貴婦人は安心したようにうなずく。
私は首飾りを首にかけて武道着の中にたくし込んだ。インベントリからも装備できるけど、直接着ける方が装備してるって感じがする。
体装備はさすがにいちいち着替えてられないけどね。凝った装備は着脱がかなりめんどいのだ。日本の武士や西洋の騎士って、鎧を着るのが大変だったろうな。
「では、わたくしどもはこれで失礼します。機会があったら、またお会いしましょう」
貴婦人と少年を乗せた馬車が王都の方へ走り去っていく。
いいのかな。倒れた護衛の人たちを置いていっちゃったけど。
冷たいっていうか、そういう思考パターンなのだろう。やられたNPCは自然と消えてしまうし。
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