第16話 好きなものを語るときは
「ユーリさん。この方たち、まだ息がありますよ」
護衛の側にかがみこんだトーラスさんが言った。
「ホントだ」
見れば、ぎりぎりHPゲージが残っている。ベガイスがし損じるとは考えにくい。手加減したのかも。護衛たちは気絶、いわゆるスタン状態だった。
「回復魔法を使ってみますね。――ヒール!」
トーラスさんが杖をかざした。
ぽわっと護衛の身体が光り、HPが回復する。
「だったら私も」
私はインベントリから回復薬を取り出し、近くに倒れていた護衛の口に突っ込んで無理矢理飲ませた。
むせることもなく、護衛は回復薬を飲み干した。残る一人はすでにトーラスさんがヒールで癒やしている。
ほどなくして、3人の護衛たちは身を起こせるくらいまで回復した。ゲームならではだ。
「ありがとう。助かったよ」
「次があったらよく噛んだ薬草を口移しで頼む」
「恩に着る」
護衛の人たちは口々にお礼を言うと、馬車のあとを追っかけて走って行った。置いてかれたのに、律儀なのか、そういうふうにプログラムされているのか。
しかし、一人クセが強いひとがいたな……。
「よかったです。僕の魔法も役に立ちました」
3人の背中を見送って、トーラスさんが言った。私はうなずく。
「そうですね。トーラスさんが彼らの命を救ったんですよ」
「――そっかぁ」
トーラスさんは、うれしそうに笑った。それから真顔になって、
「ユーリさんは、怪我はないですか?」
「ええ、この通り」
私は袖をめくり、力こぶを作る真似をしてみせた。エーデの腕は白くてほっそりしている。
「さすがですね」
「でもないですよ。紙一重でした」
謙遜ではない。本当に危なかったのだ。まだ初日だというのに、ぎりぎりの戦闘が続いているなと思う。
「えー。でも、すごかったですよ。ユーリさんが繰り出していたパンチとかキックとかって、スキルなんですか?」
「いえ、体術です。めちゃくちゃ大雑把に言うと、MPの消費なしに使える『技』ですね。例外はありますが」
私は手近な木の前に立った。蜂が飛んでいないことを確認する。
蜂、対応が難しいんだよね。うっかり巣がある木を叩くと襲われるんだ。うまく巣を落とせばモンスターにけしかけたりもできるけど、私はやったことがない。
リアルでもゲームでも、蜂は苦手だ。
針は注射を連想するし、なにより顔が怖い。特にスズメバチ。なんであんなに攻撃的なフォルムをしてるんだろ。
思わず想像しかけたオオスズメバチの姿を振り払い、私は言った。
「木を注視してみてください。耐久値が表示されるはずです」
「はい。――見えました」
「では」
私は左ジャブで幹を打つ。
「あ、木の耐久値がちょっと減りました」
「他にも、こういうのとか」
腰を落とし、私は正拳突きを放った。木が大きく揺れて、リンゴが二つ落ちてくる。お、ラッキー。
「わ、さっきより耐久値が減りましたよ」
「このゲームは操作次第で、いろんな体術が出せるんです。分類上は同じ『パンチ』でも、ジャブやストレート、正拳突き、といった具合に。でもって、体術ごとに細かく威力が設定されているんです」
「すごいんですね」
「そう、すごいんですよ! 開発が有名な格ゲーを作ったところだから、こだわりがあるんでしょうね。どれだけたくさんの体術があるか、検証するグループもあるくらいです。最初は木とか岩で試してたんですけど、修正が入ってしまって、こっちのレベルが低いとダメージ受けちゃうようになったんですよね。まあ、じゃないと、伐採や採掘を延々素手でやる人が出てくるんで、仕方ないですけど。でも、木や岩を殴って検証って、修行みたいでかっこよくないですか!」
ちなみに私もさっき木を殴った反動でちょっとHPが減っている。なにげに製品版での初ダメージだ。
「た、体術は、どうやって覚えるんですか?」
あ、トーラスさんちょっと引いてるかな。熱くなりすぎないようにしないと。
「道場でNPCに教えてもらうのが手っ取り早いですね。アバターに記録されて、魔法と同じように音声でも発動できるようになります」
「でも、ユーリさんのは違いますよね。アドリブっぽいです」
「そうですね。私は自力で習得した体術を使ってます」
「自力、ですか」
「必要なのはプレイヤー自身の知識と経験です。公式名称ではないんですが、私たちプレイヤーは体術を自力で習得するのを『
誰かが使い始めて、いつしか定着したFLO用語の一つだ。
「ユーリさんは、ベータで鍛えたんですか?」
ちょっと答えにくい質問だった。
私は曖昧に笑うと、二つのリンゴを拾い上げた。トーラスさんに近づき、一つ差し出す。
「あの丘の上で少し休憩しませんか」
私は小高い丘を指さした。
トーラスさんは私の手の中のリンゴと丘を見比べて、こっくりとうなずいた。
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