第17話 「だから」の問題

 見晴らしのいい丘の上、私はローブを敷いてその上に座る。モンスターが近くにいないのは確認済みだ。

 トーラスさんは少し迷った様子を見せて、直接地面に座ってあぐらをかいた。

「もしかしなくても、丸かじりですか」

 トーラスさんがリンゴを見つめて言う。

「はい。がぶっと行っちゃってください」

 私が言うと、トーラスさんはうれしそうに笑ってリンゴにかぶりついた。目を見開く。

「おいしい。本当にリンゴの味がしますね。これ、ふじかな」

「そこら辺の木を殴ったら落ちてくるなんて、果物ガチ勢に怒られそうですけどね。それはゲームってことで。栽培もできるみたいですよ」

 私もリンゴをかじる。

 甘みの中にわずかな酸味が感じられて、爽やかな味だ。さっき減ったHPが回復する。FLOは食事でもHPやMPが回復するのだ。

「栽培とか生産を楽しみたかったら、メガロマ共和国スタートがいいんでしたっけ?」

 トーラスさんが言った。私はうなずく。

「ですね。スローライフならメガロマって言われてます」

 メガロマ共和国は大陸東部にある大国だ。穏やかな気候で、もの作りが盛んな国らしい。

 大迷宮の探索を楽しみたいのなら南のユースティ皇国、でもって冒険を楽しみたいのなら私たちのいるオルグド国スタートが推奨されている。

 私は戦闘の他に冒険もしてみたかったので、オルグド国一択だった。

「キノコ?」

 不意に、トーラスさんが呟いた。

 彼の視線の先に目を向ければ、眼下に広がる平原で、プレイヤーたちが猪っぽいモンスターや、歩く大きなキノコと戦っているのが見える。

「あれは『まどいキノコ』ですね。あんまり強くないんですけど、たまに胞子を飛ばしてきます。喰らうと、頭にキノコが生えて一定時間操作がしにくくなるデバフがつくので要注意です。私も喰らったことがありますが、酔ったみたいな感じになりますね。お酒は飲んだことありませんけど」

「頭にキノコって、怖いですね」

 トーラスさんはリンゴを持ってない方の手で自分の頭をさすった。

「小ネタですが、頭にキノコが生えた状態でとあるNPCに話しかけると、買い取ってもらうこともできますよ。序盤の金策に使えなくはないんですが、若干リスキーですね。ふらついている状態で移動しなきゃいけないので」

「買い取って、どうするんだろう……」

「鍋に入れて食べるとか?」

 プレイヤーで食べた人、いるのかな。そもそも、アイテムとして入手できるのか。

「あの、体術って、僕でも使えますか? 人間と比べると手足が短いですけど……」

 リンゴを食べ終えたトーラスさんが言った。芯は勝手に消えるので便利だ。

「使えますよ。ベータのときの話ですが、ライトステップで武術家の達人がいました。リーチは人間に負けますが、素早いのと、当たり判定が小さいっていうのがあるので、そこまで不利ではないですね」

 ベータで有名だったプレイヤーで、一度戦っている姿を見たことがある。もし彼と戦うのなら、苦戦は免れないだろうという動きだった。

 もし製品版を遊んでいるのなら、ぜひとも対戦を申し込んでみたい。

 このゲーム、他のプレイヤーを攻撃することはできないが、お互い合意の上なら対戦は可能だ。

「へえ、僕も武術家やってみたいかも」

「ライトステップは忍者適正も高いと聞きます」

 元ネタと思われるあの種族は忍びの者とか言われてたな。

「忍者なんてジョブがあるんですか? 舞台は西洋風なのに?」

 私は地面を指さす。

「この大陸の東の方に島国があって、そこ発祥っていう設定があるみたいですよ」

 ちなみに、侍というジョブもある。公式で紹介されてはいたが、忍者共々まだ未発見のジョブらしい。

「なるほど」

「体術、興味があるんですか?」

「ですね。ユーリさん、すごかったし。男だったら、やっぱり強くなきゃいけない気がするし」

 魔法使いだって強力な魔法が使えるけど、トーラスさんが言いたいのはそういうことではないだろう。固定観念の問題だと思う。

 男はたくましく、女はかわいらしくとか、そういうの。

「あんまり気にしなくてもいいと思いますけどね。男だからとか女だからとか。ゲームくらい、自由でもいいんじゃないですか」

 そう言って、私はあぐらをかいた。

 エーデの足は、武道着の上からでも細い足だってわかる。モンスターや悪党を蹴るには向いてない。

 でも、ゲームでなら戦える。

 トーラスさんは、無言で傍らの杖を手に取った。

 もしかしたら、さっきの戦闘で見ているだけだったのを気にしているのかな。

 だとしたら、悪いことをした。トーラスさんの安全のために待機をお願いしたけど、私の勝手な押しつけだったかもしれない。

「トーラスさんは、魔法使いになりたかったんですよね」

 回復魔法で護衛を癒やしたときの笑顔を思い出しながら、私は言った。

 トーラスさんはうなずく。

「はい。魔法なんて、現実では絶対に使えないので。子どもみたいな憧れって自覚はありますが……」

「憧れ、いいじゃないですか。だったら、無理に武術家にならずに、魔法使いのままでいましょうよ。体術自体はどのジョブでも使えますし」

「そうなんですか?」

「ええ。ちなみに、スキルについてはどれくらい知ってますか?」

「ほとんど知らないです」

「じゃあ、簡単に説明しますね」

「お願いします」

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