第14話 破軍のベガイス②
私は軽く踏み込み、相手の
「……っ!」
直前で踏みとどまり、身体を傾けた私の眼前を刃が走った。
予想以上に速い。これほどとは。
下手をしなくてもオープニングの魔族より強い。大層な二つ名は伊達ではないようだ。
スキルもなしに、身体捌きだけで避け続けるのはあまりにも難易度が高い。一度や二度だけならまだしも、いずれ捉えられるのは目に見えている。
かといって、あの斬撃を魔力操作で強化した腕や足で受けても、あっさり斬られそうだ。魔族のときのようにはいかないだろう。
ん、待てよ? 受ける?
技の参考にするために、何度も読み返した漫画の一場面が頭をよぎる。
「いまのを
ベガイスが構えを上段に変えた。彼の身体から
思いついた方法を試してみるか。ぶっつけ本番。でも、やるしかない。
私は強く地面を蹴り、一気にベガイスの間合いに飛び込んだ。左腕を突き出す。
ほぼ同時、
「――
周囲に氷の結晶のようなエフェクトが発生する。魔法剣の類か。
来る――!
私は左腕を頭上にかざし、右腕で支える。鉱石を思い切りハンマーで叩いたような音が響き渡る。
私はすかさず左腕を傾けた。剣先が地面に刺さる。
「なんだと!?」
ベガイスが
よし、うまくいった。
いまの私のステータスでは視認することすら不可能だった高速の斬撃を、私は左腕で受け流していた。
腕を突き出したのは攻撃のためではなく、防御のためだった。
相手の構えと立ち位置から斬撃の軌道を予測し、一か八かで受けたのだ。――左腕に装備している、
木刀をメリケンサックで受け止めるっていう漫画の一場面がヒントになった。
たぐり寄せた
私は魔力をこめた右フックでベガイスの顎を打ち抜いた。狙い通りのクリティカル判定が入って、ベガイスがよろける。大きな隙ができた。
間髪入れず、私は左足を軸に身体を回転させる。
流れに逆らわず、体幹はぶれず、全身を使って蹴り足を送り出す。
「せあっ!」
そして、私の後ろ回し蹴りが、ベガイスの鳩尾に炸裂した。
「が……ぐ」
さすがに効いたようだ。がっくりとベガイスが地面に膝をつく。
「もういっちょう!」
回転しつつ、肘でベガイスのこめかみを打つ。
「……っ!」
ベガイスのHPゲージがごっそりと減った。剣が手から離れる。
低レベルの私の攻撃数発でこれなのだから、打たれ弱いのだろう。体力で受けるのではなく、躱すタイプだ。当てることができてよかった。
私は大きな息をつく。
勝負はついたようだが、とどめを刺すべきか。
私が迷っていると、ベガイスはくっと喉の奥で笑った。
「な、なに?」
まさか、奥の手でもあるのか。私は再び身構える。
「無茶をする娘だ。少しでもずれてたら真っ二つだったぞ」
もっともだ。あの速さ、飛来する弾丸を受け止めるに等しい。
危険な賭けだった。でも――。
「だって、あれくらいしないとあなたには勝てなかったから」
私が言うと、ベガイスはふっとニヒルな笑みを浮かべた。
「なるほどな。俺の負けだ。あとは好きにしろ」
ベガイスは剣を拾うと、鞘に収めて私の方に放った。
潔いな。
――俺の負けです。あなたは強いな。
不意に、アンファイでの一場面が脳裏に浮かぶ。めくるめく大舞台で、私に笑いかけたあの人。
私は一旦目を閉じて、息を吐き出すと再び目を開けた。
ベガイスは私を見据えている。堂々としたものだ。
単なる野盗の用心棒ではなさそう。ユニークだものね。
私は肩をすくめると、ベガイスの剣を拾い上げた。レア装備っぽいけど、詳細も確認せずにベガイスに突き返す。
「なんのつもりだ」
「もったいない。あなたはそれだけ強いんだから、違う道もあるでしょ」
「違う道だと? そんなもの……」
「このゲームのタイトル、知ってるよね。フェイバリットライフ・オンライン」
「……?」
ベガイスの頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるのが見えるようだ。やっぱりエネミー、っていうか、NPCには通じないか。
「これしかないって決めつけないで、自分にとって好ましい、他の生き方を探せばいいと思うよ」
私は言い直す。これで通じるかな。
ベガイスはなおも迷っている様子だったが、私が「ん」と押しつけると、観念したように剣を受け取った。
「後悔しても知らんぞ。俺は再びおまえの前に立ちはだかるかもしれん」
「そのときはまた倒すだけだよ」
「そうか」
ベガイスは、どこかうれしそうに笑い、立ち上がった。ふらつく足取りで茂みへと消えていく。
さらばベガイス。あなたは紛うことなき
私は周囲を見渡す。
気づけば、野盗はきれいさっぱりいなくなっていた。アイネが仕留めたり、逃げたりしたのだろう。
ちなみに人型のエネミーは倒すと頭上にひよこのエフェクトが出て、それから消えるようになっている。
モンスターと違って、あくまで気絶させたという扱いだ。全年齢対象だから、その辺は気を遣っているのかもしれない。
仮に倒したエネミーが死亡扱いになったとしたら、私もきっと抵抗があるはずだ。
モンスターならいいのかと言われると、難しいところだけど……。
その辺りは考え出したらきりがない。
私は拾い上げたローブを身にまとう。
アイネはいつの間にか腕輪に戻ったらしく、姿が見えない。
私は「ありがとう、アイネ」と言って、傷一つない腕輪をさすった。
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