第13話 破軍のベガイス①

「ユーリさん?」

「トーラスさんは、ここに隠れていてください」

 私は身を低くしたまま、馬車の近くまで移動する。しゃがんでいれば、隠蔽いんぺいにボーナスが入る。隠密行動おんみつこうどうのスキルがなくとも、動き次第では敵に気づかれにくい。

 距離があったことも幸いして、野盗たちは馬車の陰に隠れた私には気づかなかった。

「アイネ、静かに出てきて」

 私が言うと、忍び寄る猫のように音もなくアイネが出現した。

「あたしのこと、忘れちまったのかと思ってたよ」

 一定時間話しかけないと、こういう反応を返すのかな。猫って、構いすぎると怒るけど、構わなくてもいじけるらしいし。

 や、アイネは猫じゃないけどね。

「そんなわけないじゃん。協力、頼めるよね」

「言われなくとも。あいつらを血祭りに上げればいいのかい?」

 物騒だけど頼もしい。

「うん。私が先陣を切るから合わせて。あと、剣を持った背の高い男は私がやる。雑魚は任せた」

 あの剣士は強い。

 アイネと協力した方が倒せる確率はずっと上がるだろうけど、もしアイネが倒されたらと思うと、怖くて提案できなかった。私と同じで復活不可能かもしれないし。

合点承知がってんしょうち

 アイネが茂みに消える。私は馬車の車輪に足をかけ、一気に車体の屋根に飛び乗った。

 眼下では、野盗が貴婦人目がけて手斧を振り下ろそうとしている。私は声を上げた。

「待て!」

 野盗たちが一斉に私を見た。

「なんだぁ?」

「女?」

「あいつ、なんでわざわざ馬車の上に……?」

 一人冷静なやつがいるな。

 注意を引きつけるためだよ。かっこいいから、っていうのも少しはあるけど。

 逆光なのもポイントが高い。私は腕組みをして言った。

「私利私欲のために無辜むこの人々を苦しめる悪徳の輩ども。たとえ運営が見逃したとしても、私の目からは逃れられないと知れ」

「ふざけたことをぬかしやがる。誰だおまえは!」

 野盗の一人が言う。わかってるじゃないか。

 私はふっと笑う。そして言った。

「おまえたちに名乗る名前はない!」

 私はローブを脱ぎ捨てて、車体の天井を蹴った。空高く舞い上がり、身体をひねりながら蹴りを繰り出す。

紫電鷹爪脚しでんようそうきゃく!」

 言うまでもなく、ただの跳び蹴りである。狙いは貴婦人の近くにいる野盗だ。

 棒立ちしていた野盗は私の蹴りをもろに受け、派手に吹っ飛んだ。同時に茂みから現れたアイネが大きな前足で野盗をなぎ払い、喉笛に噛みつく。

「う、うわあ! と、虎!? いや、バケモノか!?」

 野盗の士気なんてあってなきに等しい。たちまち総崩れになった。

「落ち着けおまえら! 逃げるんじゃねえ」

 おかしららしき男が声を張るも、誰も聞いていない。こいつを倒せば野盗は完全に潰走かいそうするだろう。

 私は拳を固め、お頭を殴り倒そうと――。

「――っ!」

 眼前を刃の切っ先がかすめた。

 やっぱり、簡単にはやらせてくれないか。

 お頭の前に立ちはだかったのは、剣を持った長身の男だった。

「先生!」

「下がっていろ。この娘の相手は俺がする」

「へ、へへ。お願いしますぜ」

 お頭が卑屈な笑みを浮かべて後ずさり、私は長身の男と対峙する。

「娘、名はなんという」

「名乗る名はないと言った。――でも、そうね。どうしても知りたければ、まずはあなたから名乗りなよ」

「――ふ。そうだな。俺の名はベガイス。人呼んで、破軍はぐんのベガイスだ」

 いや、知らんし。そんな恐れ入ったかみたいな顔をされても。

 まあいい。こちらも応えるのが筋だろう。

「私はユーリ。二つ名は特にない」

 跳び蹴りのユーリとかどうだろうとは思わなくもない。……いや、やっぱりなしだ。

「そうか。ユーリよ。丸腰の者を斬る趣味はないが、加減できる相手でもなさそうだ。悪く思うな」

 ベガイスが中段に剣を構える。全く隙がない。

「加減は無用。悪くも思わない」

 私は半身に構え、腰を落とした。

 剣道三倍段を持ち出すまでもなく、素手対剣では素手の方が圧倒的に不利だ。

 とはいえ、これはゲームなので、魔法やスキルである程度は補える。けれども、現時点で私は対剣士に有用なスキルを所持していない。

 しかも、相手は明らかに私よりレベルが高い。ステータスの差はプレイングで補うしかない。

 あの斬撃を長くかわし続けるのは無理ゲーだろう。パターンを探している余裕はない。短期決戦で決める。



―――――――――

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


このたび、この小説で第9回カクヨムコンに参加することにしました。

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