第12話 馬車と野盗

「身を低くして、こっちから見てみましょう」

 街道を逸れ、私たちは手頃な木の後ろに隠れた。

 見通しが悪い道の真ん中に馬車が止まっている。

 乗合馬車ではない。貴族が使うような豪華な馬車だ。

 そして、馬車の近くでは男たちが戦っていた。

 馬車を背にしているのはNPCの冒険者っぽい。状況から見るに、馬車の護衛として雇われたのかな。三人いる。

 でもって、もう一方は明らかに野盗だ。人相が悪く、装備もあまりよろしくない。腕もいまいちのようで、数は多いが護衛たちに押されていた。

「これ、もしかしてサブクエストっていうやつですか?」

 トーラスさんが小声で尋ねる。

「どうかな……」

 FLOのクエストは大まかに二種類に分けられる。

 ストーリーに関わるメインクエストと、ギルドや依頼人から受注するサブクエストだ。

 他に突発クエストもあるけど、出現条件が限られており、あまり見かけない。

 FLOはNPCがある程度独自に動いているので、クエストとは関係なしに、商隊や外出した貴族を野盗が襲う、なんていうことも普通に起こる。そして、中には重要NPCも交じっていたりする。

 やられたら話が進まなくなってしまうような重要NPCには大抵不死属性がついている。

 HPがゼロになっても死なないで気絶するだけなのだが、道の真ん中で人が倒れているのを発見するとぎょっとする。最初見たときには行き倒れかと思った。しばらく経つと、何事もなかったかのように起き上がるんだけどね。あれはちょっとシュールだった。

 ――おそらく、エーデもベータでは不死属性がついてたんだろうな。

「こういう戦闘を見るのは初めてです。臨場感がありますね」

「自分でも体験できますよ」

「僕はモンスターにやられるだけでした……。接近すると、身がすくんじゃうんですよね」

「私も最初はそうでした」

「ユーリさんも?」

「ええ、怖かったですよ」

 FLOのモンスターの造形はほどよくリアルで、始めたばっかりの頃は、自分より大きなモンスターと相対すると恐怖でうまく動けなくなった。

 現実で熊なんかの猛獣と遭遇したときの気分って、きっとあんな感じだと思う。本能的な恐怖だ。

「そのうち慣れましたけどね。トーラスさんもきっと大丈夫ですよ」

 身がすくんでなすすべもなく倒されたのは苦い記憶だが、いい経験にもなった。次は負けないぞという気持ちが湧くからだ。

「だといいんですが」

 とか言ってるうちに、数人の野盗が護衛に斬られて倒れた。

 おお、強いな。手助けは不要か。

 よく見れば、護衛たちの頭の上にはレベルも表示されている。みんな30を超えていた。

「くそ……。こいつら、手強いぞ!」

 野盗の一人が言った。

「こうなったら、先生、お願いします!」

 うん? 先生?

 野盗のおかしらっぽい男の呼びかけに応じ、木陰から長身の男が姿を現した。

 ……いままで控えてたのかな。木陰で出番を待つ姿を想像すると、ちょっと面白い。

 男は腰に剣を帯びている。藍色のゆったりとした長衣を身にまとっており、いかにも腕の立つ剣士といった感じだ。

 男が剣を抜くと、辺りの空気が一変した。ぴりぴりとした緊張感が、こちらにまで伝わってくる。

 護衛たちも、すぐには斬りかかれないようだ。

「うおぉー!」

 緊張に耐えられなくなったのか、護衛の一人が雄叫びを上げて突っ込む。

 一瞬だった。

 剣が閃き、次の瞬間には、護衛が持っていた斧が宙を舞っていた。次いで、ゆっくりと護衛がくずおれる。

 ゆらり、と男が動く。護衛たちの攻撃を難なくかわし、残る二人をあっけなく斬り伏せた。

「あいつ、強いな」

 私は呟いた。

 レベル30超えをあっさり倒すなんて、王都からほど近い場所で出ていい敵じゃない。初心者が出会ったらまず間違いなく瞬殺しゅんさつされる。ひょっとしたら、ユニークかも。

「野盗とかって、モンスターとは違うんですか?」

 トーラスさんが訊いてくる。

「分類上はモンスターの一種だけど、エネミーって呼ばれることが多いですね。で、あいつはユニークエネミーかもしれません。だとしたら、めちゃくちゃ強いです」

 ユニークモンスター、もしくはユニークエネミー。

 通常の敵とは違い、ゲーム内にそれぞれ一体だけ存在する固有種で、大抵バランス調整間違えたんじゃないのっていうくらいぶっ飛んだ強さを誇る。ベータで一回だけ戦ったことがあるけど、とんでもない強敵だった。

「ど、どうしましょう?」

 トーラスさんが焦ったような声を出す。

 私は一度やられたらそれっきりだ。無理をしてまでメインクエストとは関係なさそうな強敵と戦う必要はない。

 やり過ごすのが賢いのだろうけど――。

 私は黙って成り行きを見守る。

 いやらしい笑みを浮かべた野盗が、馬車の中から貴婦人と身なりのいい少年を引きずり出した。御者も並べて、地面に座らせる。

「お願いです。息子だけは」と貴婦人が言うのが聞こえてきた。

「こう見えても、俺たちは慈悲深いんだ。仲良くあの世に送ってやるから、安心しな」

「そ、そんな」

 貴婦人の顔が絶望に染まった。

「いい顔だなぁ。お貴族様のそういう顔、溜飲りゅういんが下がるぜ」

 野盗たちがどっと笑う。

 ほんと、優秀なAIだと思う。的確に見ている側の怒りを煽ってくる。

 こんなの、見過ごせるわけないじゃない。

 私は、左胸の前で強く拳を握りしめた。

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