第二章 銀の巡礼者

第11話 新しいジョブ

 村の外に出て歩き始める。もちろん走っていった方が早いのだが、トーラスさんに慣れてもらうためにも徒歩を選択した。景色もゆっくり楽しめるし。

 空は晴れ渡っていて、気持ちがいい。

 FLOの天気はランダムで変化する。雨だと場所によっては足下が悪くなるから、戦闘も気を遣う。

「そういえば、ユーリさんのジョブはなんですか? 武器は持ってないみたいだけど」

 トーラスさんが訊いてきた。

「武術家ですよ」

 歩きながら、私はメニューを操作して自分のジョブを確認した。言ったついでに『貴族の令嬢』から変更しようと思ったのだ。

「……え?」

 ジョブ覧を見て、私は思わず声を出す。

 いつの間にか、私のジョブが変わっていた。

 ジョブ名『ぎん巡礼者じゅんれいしゃ』。

 なんだこのジョブ。聞いたことがない。いや、巡礼者っていう言葉は知ってるけど……。聖地とか霊場を巡る人たちだよね。お遍路さんみたいな。

 私が着ている巡礼者のローブは関係ないよね。これ、普通に店で売ってる装備だし。

 もしかして、エーデの固有ジョブなのかな。変更できないし。

「どうしました?」

「ううん。なんでもないです」

 私は笑ってごまかした。

 ジョブによって装備できる武器や防具は違う。

 いまは素手でもいいけど、武術家系の武器が装備できなかったら困る。いくらなんでも、ずっと魔力操作だけでは戦えないぞ。

 そうだ、魔力操作といえば――。

「トーラスさん、次にレベルが上がったら、魔力操作のスキルを取るのがおすすめですよ。スキルを取ったときにチュートリアルが入るから、使い方も覚えられて安心です」

「そんなスキルがあるんだ。教えてくれてありがとう」

「どういたしまして。最初のスキルポイントは全部魔法使いのスキルに使ったんですよね」

「はい。いろんな魔法を使ってみたいんです。まだ基本の三種類しか使えないけど、隕石も落としてみたいな」

「あー、公式のプロモーション動画でありましたね。あれ、プレイヤーが使えるのかな」

「え、使えないんですか?」

「どうだろ。もし使えるとしたら、たぶんレアな魔道書が必要ですね」

「魔道書?」

「FLOだと、魔法は魔道書から覚えるのが基本なんです。魔法使いギルドの書店で買ったり、図書館で読んだり。NPCに習うっていうパターンもあるけど。レアなやつは、難しいクエストをクリアとかで入手するんじゃないかな」

「そっかぁ。先は長そうですね」

「のんびり自分のペースで楽しめばいいと思いますよ」

「ありがとう。そうします」

 隣を歩くトーラスさんはにこりと笑う。やっぱかわいいわ、ライトステップ。


 村から離れるにつれて、アクティブなモンスターが増えてきた。この辺りの敵だと、戦闘になったらたぶん私とトーラスさんは一撃でやられてしまうだろう。

 サーベルタイガーみたいなやつとか、グリズリーみたいなやつとか、見るからに凶悪だ。

 アクティブなモンスターはこっちを見つけると問答無用で襲ってくるので、視界に入らないように迂回して進んでいく。

 私は遊んだことがないけど、フルダイブ型ステルスゲームも人気のあるジャンルだ。

 スパイ映画よろしく敵に見つからないように施設に潜入したり、暗殺したりする緊張感がたまらないのだとか。

 私だったら緊張に耐えられないかも。

 

 三十分くらい歩いたところで辻にさしかかった。

 木の看板が立っている。北は交易都市シューレ、南に行くと皇国との国境、そして東が王都オルデンだ。

 ちらほら、街道を走ったり歩いたりしている他プレイヤーを見かけるようになった。

 ここまで来れば一安心だ。この辺りのモンスターはさほど強くないので、こちらが低レベルでも一撃でやられたりはしない。

「王都まであと半分くらいですね。時間は大丈夫ですか?」

 私はトーラスさんに訊いた。

 リアルではもうじき夜の11時だ。サービス開始から、そろそろ二時間が経過する。人気オンラインゲームおなじみの、開始直後のネットワーク障害もなさそうで何よりだ。サーバーが強いのだろう。

「平気です。明日は土曜で休みなので。ユーリさんは?」

「私も休みです。今日は夜更かしするつもり」

 本当はオールで遊んでいたいけど、あんまり長時間プレイしていると警告が入ってしまうし、何より体調が不安だ。トイレの問題もあるし。

 まだ行けるはもう危ない。ログアウトの時間すら惜しんで、大人用おむつを装着して遊ぶ猛者もいるらしいが、さすがにネタだと思う。……だよね?

「いいですね。僕も夜更かししようかな。ああ、でも、お腹が減っちゃうか……」

 リアルで空腹になった場合、健康上の問題もあってか、こちらでもなんとなく空腹感を覚える。

「ゲーム内でよければ、どこかで何か食べます? 味覚も再現されてるんで、それなりに満足しますよ。地域ごとに特色があって、たとえばさっきのザオバー村には牧場があるから、牛乳がおいしかったりします」

 ネットの記事で読んだのだが、フルダイブ技術を利用した過食症や拒食症の治療なんかも研究されているらしい。

 フルダイブには、いろんな可能性を感じる。

「へえ、すごいですね」

 トーラスさんが感嘆の声を上げる。

「夜食も間食も思いのままです。罪悪感や背徳感は一切なし」

 リアルでお腹が膨れるわけじゃないけど、食べたという気分は味わえる。

「そっか。こっちだと、どれだけ食べても太らないのか」

「あんまり食べ過ぎると、一定時間動きが遅くなるペナルティはありますけどね」

「うえ、そんなリアリティはいらないかな」

「同感」

 私とトーラスさんは揃って笑う。

「――!」

 と、私は笑みを引っ込めた。

「? どうかしたんですか」

 私は人差し指を口に当てた。小声で囁く。

「この先で、誰か戦っているみたいです」

 緩い曲がり角の向こうで、戦闘音――金属がぶつかり合う音が聞こえたのだ。

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