第10話 旅の仲間
「それは大変でしたね」
本心から私は言った。
王都から辺境の村に馬車で直行なんて、普通はしないプレイだ。
スタート地点から遠くなるにつれてモンスターが強くなるのはRPGのお約束――なんて、私もこのゲームを遊ぶまでは知らなかったんだけど。
トーラスさんもRPGに慣れていないんだね。帰れなくなって、相当困っているに違いない。
「なので、ええと、ユーリさん。何かいい方法をご存じでしたら、教えていただけませんか。……って、ひょっとして、ユーリさんも僕と同じだったりします? うっかりここまで来ちゃったとか?」
「いえ、私は……。あー、まあ、ベータテスターだったので、初心者ではないですね」
私は意識してずれた答えを返した。
「そうなんですか。よかった。ベテランなんですね」
「ベテランかどうかはわかりませんが」
そんなキラキラした目で見つめられると、困ってしまう。頼られるのは苦手なのに。
「……そうですね。王都に戻るなら、徒歩でも行けますよ。時間はかかるけど、うまくモンスターを避けていけば、不可能ではないです」
「僕でもできますか?」
「ジョブによりますね。見た感じ、トーラスさんは魔法使い?」
「そうです」
杖を持ってローブを着ているからそうかなと思ったけど、案の定か。
ライトステップで魔法使いスタートは珍しい。ライトステップは素早いから、盗賊系のジョブ向きなのだ。その分魔力があまり高くない。
「そのままは厳しいかも。一旦、盗賊に変えるといいと思います。『隠密行動』のスキルを合わせて取ると便利ですよ」
モンスターやNPCに見つかりにくくなるスキルで、こっそり移動したいときに便利だ。
「……スキル、もう魔法系に振っちゃいました」
「んー……。だったら、まだ始めたばかりだし、アバターを作り直して最初からって手段もありますが」
「……実は、事前ダウンロードして、このアバターを作るのに一週間かけてるんです」
「あー……」
FLOの正式サービス開始は今日からだが、ゲームデータのダウンロードとアバターメイクは一週間前から可能だった。
アバターメイクに心血を注ぐ人は珍しくないが、一週間使うのはすごい。
トーラスさんのアバターは、確かに細かい造形に力が入っている。ライトステップのかわいらしさが、少年の幼さと絶妙にマッチしている。
私も、ベータでは一生懸命メイクしたっけな。リアルの自分とは何もかも違う、ごつい男性アバターを作るのは楽しかった。
「なら、愛着が湧いてますよね」
「すみません……」
トーラスさんは申し訳なさそうにうなだれる。
「お気になさらず。――そうですね。だったら、どうしようかな」
私のお金で一緒に馬車に乗るっていうのもありだけど、高いチケット代の出所を疑問に思われる可能性もあるし、なにより気を遣わせてしまうだろう。
かといって、アイネに頼るのも……。
難しい。
「あの、これ以上迷惑をかけるのも申し訳ないし、やっぱり、一人で王都まで歩いて行くことにします」
私があれこれ悩んでいると、顔を上げたトーラスさんが微笑んで言った。
無理だ。
初心者が操作するライトステップの魔法使いが無事に王都までたどり着ける可能性は限りなくゼロに近い。きっと途中で何度もやられて、そのたびにこの村まで戻される。
トーラスさんはうんざりしてFLOをやめてしまうかもしれない。
そうなったら、悲しい思いや嫌な思いしか残らないだろう。それはダメだ。ゲームというのは、楽しくあるべきだ。
――うん。決めた。
「トーラスさん、私と一緒に行きましょう」
「……え、でも、ご迷惑では? この辺に用事があったんですよね? じゃなきゃ、経験者の方がいきなりこんな場所に来ないだろうし」
う、鋭いな。ゲームに慣れてないっぽいのに、洞察力がある。
「いやほらそこはサイトシーイング? 的な?」
とっさに口から出た言葉に、入国審査じゃないんだぞと心の中で突っ込む。海外旅行なんて行ったことないけど。
「観光ですか。だったらなおさら――」
「いいんです。どっちみち、王都に行かなきゃいけないので。ほら、言うじゃないですか。旅は道連れ世は情けって」
これ以上突っ込まれないうちに、私はメニューからトーラスさんにパーティ申請を飛ばした。
トーラスさんはなおも迷っていたようだったけど、私がうなずくと、指を動かした。
『トーラスとパーティを組みました』というメッセージウィンドウが表示される。
「よろしく、トーラスさん」
私が言うと、トーラスさんは人なつっこい笑みを浮かべた。
「こちらこそよろしく、ユーリさん」
「じゃあ、行きましょうか。――私たちの冒険に」
ちょっと恥ずかしいけど、私はそう言った。
私はFLOが好きだ。トーラスさんにも、このゲームを楽しんでほしいなと思う。
「はい!」
トーラスさんは、大きくうなずいた。
単純な私は、それだけでうれしくなる。
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