第9話 おうし座のあなた
防具ときたら次は武器なんだけど、この村の道具屋では取り扱いがない。
武器はそれなりに大きな街じゃないと売ってないんだよね。
ゲームバランスを考えると仕方がないとは思うけど、国道沿いのチェーン店やショッピングモールの中のお店みたいに、どこでも同じアイテムが買えたら便利なのに。
まあ、それだと情緒がないか。変なお土産みたいな物はご当地で買うから面白いんだし。
で、強い武器が売っている場所は、最寄りだと交易都市シューレだけど、装備のためだけに足を伸ばすのは手間だ。王都で買えばいいか。
私の当面の目的地である王都は、オルグド国をスタート地点に選んだプレイヤーたちが最初に降り立つ場所だ。
私は王都で王様に謁見して、魔族の出現を伝えなきゃいけない。
けど、ここからアイネに乗っていったら、絶対目立つ。
モンスター(アイネは神獣だけど)を仲間にできるジョブは確認されておらず、見つかったら質問攻めは必至だ。
正体を隠しながらうまくごまかす自信はないし、真実は信頼できる相手以外に話したくない。なので、なるべくこっそり移動したい。
となると、乗合馬車を使うのが安全で手っ取り早いだろう。
そう判断した私は、乗合馬車のチケットを買うために冒険者ギルドへと向かう。
冒険者ギルドは大体どこの街や村にもあって、冒険者であるプレイヤーをサポートしてくれる。
「――ん?」
木造の建物のドアを開けた私は、掲示板の前で困ったように立ち尽くしている人を発見した。
NPCではない。人間のプレイヤーだ。アバターの頭上に、プレイヤーであることを示す白色の名前が浮かんでいる。
トーラスさん、ね。
まさかもうここに来るプレイヤーがいるとは。意図したのか、偶然なのか。
種族はライトステップで、男性アバターだ。杖を持ってローブを着ている。
FLOでのライトステップという種族は小柄で男女問わずかわいらしい見た目だ。
ファンタジーの古典、『指輪物語』のあの種族を意識しているらしく、成人でも背丈が人間族の大人の半分くらいしかない。
そんなライトステップ、街中をとてとてと走っている姿を見るだけでほっこりする。
トーラスさんは見たところ一人みたいだけど、何してるんだろ。
あ、こっちに気づいた。ゆっくり歩いてくる。やっぱりかわいいな。
「すみません。プレイヤーの方ですか」
トーラスさんは、私の頭上に表示されている名前を見ながら言った。声変わり前の男子みたいな声だ。
このゲームは声を変えられるので、アバターの声イコールプレイヤーの声とは限らない。
アバターに関しても、見た目は女性でも中は男性だったり、その逆もあったりする。自由度が高いのだ。
私のアバターはエーデなので、メイク時に外見をいじるどころか確認すらできなかったが、声は加工可能だったので調整した。リアルの私の声より少しだけ高めだ。
「はい、そうですよ」
フードをかぶったままじゃさすがに失礼かなと思って、私はフードを取った。
製品版ではプレイヤーとのファーストコンタクトだ。少し緊張する。
一般プレイヤーはエーデの顔を知らない。ゲーム紹介の画像でもイラストでも伏せられていたからだ。
つまり、顔でエーデとばれることはない。……そのエーデの顔はほぼ私なのだが。
トーラスさんは、まじまじと私の顔を眺めた。
「どうかしました?」
「――あ、いえ、かわいいアバターだなと思って。すごく自然な感じで」
自分とほとんど同じ顔のアバターを褒められると、複雑な気分になる。現実の自分ではないのだけど……。
「……それはどうも。で、ご用件は?」
どう反応していいかわからず、結果、私の口調はぶっきらぼうなものになってしまった。
「す、すみません。違うんです。……その、僕、こういうゲーム初めてで」
私がナンパを警戒しているとでも思ったのか、トーラスさんは慌てたように手を振った。
そういうつもりじゃなかったんだけどな……。申し訳ない。
「実は、王都に戻れなくなってしまったんです。できるだけ遠くに行ってみたくて馬車に乗ったんですけど、着いたときにここをホームポイント? っていうのに設定してしまって。帰りの運賃はないし、どうがんばっても外のモンスターには勝てないし、やられたらここからリスタートだし、誰かに話を聞きたくてもプレイヤーはいないし……」
トーラスさんは早口で説明する。焦っている感じが伝わってきた。
ホームポイントは、ログインしたり敵にやられてしまった際にプレイヤーが再度出現する場所だ。自分の実力ではどうにもならない敵が近くをうろつく場所の街や村をホームポイントにすると、面倒なことになる。
その辺はチュートリアルで教えてくれるんだけど――。
どうやら彼は、辺境に迷い込んだ初心者プレイヤーだったようだ。
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