第8話 鏡に映った顔

 オルグド国内に入り、進むこと数分。うろついているモンスターをことごとくスルーしていると、前方に村が見えてきた。ザオバー村だ。

「着いたよ」

 アイネが足を止めた。

「ありがとう。助かった」

 私はアイネの背中から下りる。

「アイネはどうする? 村の中に入れるかな」

 FLOの正式サービス開始からまだ一時間くらいしか経っていない。オルグド国をスタート地点に選んだプレイヤーたちがここに来るまでにはまだ時間がかかるだろう。

 急いでこの辺に来るメリットもないし、みんな王都周辺でレベル上げや金策クエストをこなしているはずだ。

 なので、プレイヤーに見とがめられる心配は薄いのだが、NPCの反応は気になるところではあった。

 モンスターと勘違いして衛兵がすっ飛んできたらどうしよう。小さな村でも衛兵の詰め所はあるし。

「人のいるところだと目立つね。あたしは腕輪の中に入ってるよ。何かあったら呼んでおくれ。ユーリの声は聞こえるから」

窮屈きゅうくつじゃない?」

「気にしなくていいよ。何百年って過ごした場所なんだからさ」

「そっか……」

 アイネがNPCだってことはわかっている。それでも、不自由じゃないのかなって思ってしまう。

 しゅるっと、アイネの姿は腕輪の水晶に吸い込まれるように消えた。

「ああ、言い忘れるところだった。あたしの能力は、持ち主に逆らえないように一定の制限がかかってるんだ。ただ、あんたが成長すれば、あたしもそれだけ強くなるからね」と、腕輪からアイネの声がする。

 私のレベルアップに合わせてアイネも強くなるのか。バランス調整のためかな。最初から強かったら、アイネに任せっぱなしになっちゃうものね。

「わかった。一緒に強くなろうね」

 私は言って、村に向かって歩を進める。


 村の中は、いたって穏やかな空気が流れていた。そこそこ近い森の上空がいかにもただごとではない雰囲気になっているのに、村人たちはいつもと変わらないように見える。BGMものどかだ。

 何人かに話を聞いてみたんだけど、慌てたってしょうがないという返事がほとんどだった。不安はあるけど、生活をほっぽり出して逃げるわけにもいかないとも。

 このゲームはNPCの一人一人にAIが搭載されていて、それぞれの行動原理で動いている。NPCたちは、現実世界の私たちみたいに、この世界――フェリセティアで生活しているのだ。

 ほんと、別世界を旅しているって感じがする。

 私はひとまず村の道具屋に足を運んだ。

 メニューを操作してエーデの普段着を装備から外す。

 ちなみに体装備を全部外しても下着姿や全裸にはならない。簡素な布の服を着た姿になるだけだ。FLOは健全なのである。

 基本的に胸などのデリケートな部分は、他プレイヤーはもちろん、自分でも触れない。――軽く触れる程度ならOKだけど。

 見えない壁があるので、『君の名は。』の主人公みたいに、入れ替わった女の子の胸を揉むなんてことはできないのだ。

 プレイヤーの間ではバスケの反則になぞらえ、イリーガルユースオブハンズと呼ばれていたりもする。

 と、巡礼者じゅんれいしゃのローブはこのまま着ていよう。

 インベントリに入れたまま、服を換金用と思われる宝石や指輪と合わせて道具屋のおっちゃんに買い取ってもらった。

 おっちゃんは「えぇ!? こんなに貴重なものを手放してもいいんですか?」って驚いていたけど、エーデの普段着ってレアアイテムだったのかな。

 特別仕立てで、一点もののユニークとか? まあいいや。所持金が一気に増えてほくほくだ。

 えへへ、3万ギルデン超えちゃったよ。

 ではでは、お楽しみの買い物タイムと行きますか。

 ゲームでもリアルでも心ときめく時間だ。

 私はオルグド国の簡易地図と、『回復薬』10個にいくつかの消耗品、防具の『質実剛健しつじつごうけん武道着ぶどうぎ』を買った。

 早速武道着を装備する。

 上は薄緑色、下はカーキ色の武道着は、デザイン的には地味だけど動きやすくてお気に入りの装備だ。ベータのときは長らくお世話になった。

 ついでに、試着室で全身の確認をしておくか。エーデの顔も見てみたいし。

 このゲーム、お店なんかに設置してある姿見や、アイテムとしての手鏡がないと、自分の顔を見れないのだ。

 じゃあ、お嬢様のお顔拝見といきますか。

「……ん? んんー!?」

 私は思わず姿見の縁をつかんだ。鏡の中の私も同じ動作をする。

「ど、どういうこと?」

 

 鏡に映し出されたエーデの顔は、明らかに現実の私の顔をモデルにしていた。

 

 現実では黒い髪の色はこちらでは白銀、焦げ茶色の瞳は薄紫に変わっているし、全体的にゲーム的にはなっているけど、家族なんかが見たらすぐに私だとわかってしまうかもしれない。

 高校のクラスメイトは……どうだろう。あんまり話さないからなあ。

 リアルの気だるげな私の顔と違って、エーデの顔は溢れんばかりの生命力に満ちあふれているし、気づかないかもね。

 私は試しに笑ってみた。鏡の中の少女も笑みを返してくる。自然な感じの笑顔だった。

 ……私、こういう顔もできるのか。新鮮な驚きだ。

 なんにせよ、これでエーデの顔が明かされていなかった理由がわかった。最初から、プレイヤーの顔を投影するつもりだったのだ。

 エーデを操作することを承諾したあと、携帯端末のアプリと連携して顔写真データを添付した同意書っぽい書類の提出を求められたのだが、こういうことか。斜め読みした注意書きにもそういった意味合いの文言が書いてあったし。

 何かあったときの本人確認に使う程度だと思ってたんだけど、予想外だ。

 にしても、これは――。

 姿見でよくよく見たところ、エーデの身長は160ちょっとくらい。細身で、リアルの私の体型に近い。髪の長さは背中まで。私よりちょっと長い。

 そういえば、書類には身長を記入する覧もあったな。さすがに体重やスリーサイズは求められなかったけどね。

 だから体型は偶然――いや、顔写真から推測したのか。いまの技術ならそれくらい簡単だろうし。

 しかし、すごいな。

 本当にゲームの中の登場人物になった気分だ。まるでもう一人の私がいるみたい。

 と、いつまでも驚いてはいられない。

 私は気を取り直すように、頬を何度かぺちぺちと叩いた。なんか照れくさいのでフードをかぶる。

 切り替えていこうと思いつつ、私は店を出た。


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