第7話 旅の始まり

「訳ありかい。ユーリって呼んだ方がいいかね」

「そうですね。ひとまずそうしてもらえると助かります。……って、もしかして、仲間になってくれるんですか?」

 私が訊くと、アイネはにやりと笑った。

「いやなら、今すぐ腕輪を壊してあたしを解放してくれてもいいんだよ」

 なるほど。そういうこともできるのか。

 私は腕輪を左手で持つと、魔力をこめた右の拳で水晶を殴りつける。きぃんと澄んだ音がした。水晶にはヒビ一つ入っていない。

「かたいな……」

「あんた、何してるんだい!?」アイネが目をむく。

「いや、アイネを解放しようかと」

「自由になったあたしが、あんたを丸かじりするとか考えなかったのかい?」

「ええ。もしそんなことを考えてたのなら、アイネはもっとうまく私を誘導しようとするでしょ」

「そりゃそうかもしれないけど……。あんた、あたしの力がいらないのかい?」

「いるに決まってますよ。一人じゃ心細いし」

 もふりたいし。

「だったら、どうして」

「無理矢理従わせるのは、違うから」

 いくらNPCだからって、そういう設定だからって、そんなのはいやだ。私は納得できない。

「――そうかい」

 アイネはふんわりと笑う。

「ならさ、約束しよう」

「なんの約束ですか」

「あたしはあんたに協力する。そしていつかその腕輪を壊す方法が見つかったら、あんたはあたしを解放する。そういう約束だ」

 ちょっとメタ読みだけど、NPCのアイネがこう言うなら、腕輪を壊す方法は用意されているっていうことだよね。

 なんにせよ、一緒に来てくれるのはとてもありがたい。

「わかりました。約束します」

 私は腕輪を左手首に装備する。こういうアクセサリーはリアルでは着けたことがないので、なんだか新鮮だ。

「決まりだ。今後ともよろしく、ユーリ」

「こちらこそ、アイネ」

 アイネの頭上に、緑色の名前が浮かぶ。友好的なNPCを示す色だ。

 かくして、私に初めての旅の仲間ができた。


「さてユーリ。当面の目標は?」

「えっとね」

 アイネに尋ねられた私はミニマップを開いた。

 きちんとした地図を入手していないので、確認できるのは自分の周辺のみだ。それでもありがたいけどね

「この森を出る。で、東にちょっと進んだところに隣国の村があるから、そこを目指す予定」

 私たちがいまいるのは神聖トリューマ国南東部の森の中。森の切れ目がちょうど国境となっているので、外に出れば隣国――オルグド国だ。

 NPCもプレイヤーのマップを把握できるようで、私が指さした光点を見たアイネは「ふむ」とうなずいた。

「これぐらいの距離なら、あたしの背に乗っていけばすぐだね」

「乗せてくれるの? うれしい!」

 村に行くに当たって、懸念だったのはモンスターとの戦闘だ。

 いまの私はレベル3で、装備も貧弱。

 相手にもよるが、数体に囲まれると厳しい戦いになるだろう。なので、アイネに乗って駆け抜けられると非常に助かる。

「とはいえ、乗れたらの話だよ。あたしは馬みたいに乗りやすくはないからね。鞍も鐙もついていないし」

「だいじょうぶ。騎乗持ってるから」

 騎乗は対象が馬じゃなくても効果を発揮する。

 あれ? ひょっとしてエーデが騎乗を持ってたのって、これも想定してたのかな。

 でも、封神ほうしんの腕輪のドロップはランダムだったっぽいし、偶然かも。

 でもでも、救済措置の可能性も――。

「乗らないのかい?」

 私が考えこんでいると、焦れたのか、アイネが尻尾をぶんと振った。

「いや、乗る! 乗ります!」

 私は慌ててアイネの背中に飛び乗った。

 うわ、もふもふだ。洗剤のCMみたいに顔をこすりつけたい。

 意識を仮想世界と繋げるフルダイブ技術ってすごいなと改めて思う。触感もリアルなんだもの。

「よし、しっかりつかまってなよ」

 そうして、アイネは森の中を走り出した。

 感嘆の声が漏れた。

 速い速い。周囲の景色が飛び去るように流れていく。

 本人の言とは裏腹に、アイネの背中は乗り心地がよかった。

 私に気を遣ってくれているんだね。走り方が丁寧だ。アイネが本気で走ったら、きっともっと速いと思う。

 リアル時間にして5分ほどだろうか。私たちは森を抜けた。

 途端、視界が明るくなった。

 アイネが足を止める。私は日のまぶしさに目を細める。いつの間にか、夜が明けていたらしい。

 って、おかしいな。さっきまで森の中は暗かったんだけど。

「――!」

 振り返った私は絶句した。見える範囲で、森は変わらず夜のままだったのだ。空もきっちり森の境目で夜空になっている。

 こっちは朝なのに向こうは夜というのは奇妙な感じだった。こんな演出、知らないぞ。

「ベータのときと違う……」

 ここだけ夜だなんて、遠くからでも気がついていたはずだ。製品版で追加された演出なのかもしれない。

「どうやら、あんたの国は明けない夜に囚われちまったみたいだね」

 こちらに横顔を向けて、アイネが言った。

「やっぱり、魔族のせい?」

「そうだね。こういうことができる存在に、心当たりがある」

 絶対強いやつじゃん、そいつ。いつか戦うのだろうか。

 いや、いまはそれよりも――。

「国のみんなは、どうなったの?」

 アイネの言い方だと、森だけじゃなくて国土すべてが夜に覆われてしまったようだ。

 明けない夜の中を魔族がさまよっている光景を想像したら、背筋がぞっとした。

「さてね。魔族の親玉次第だろう」

 顔も知らないNPCたちだけど、無事であることを祈る。

「どうして、魔族は私の国に現れたの?」

 私は気になっていたことをアイネに尋ねた。

 魔族に関しては、公式サイトでもゲーム内でもほとんど説明がなかった。公式掲示板の考察スレッドも情報が少なすぎて、あんまり伸びてなかったし。

「さあ? あたしにはなんとも」

 アイネは前方に視線を戻す。

 本当に知らないのか、知っていても答えないのか。

 いずれにせよ、謎を解き明かすのはプレイヤーの役目ってことだね。

「もういいかい? 行くよ」

「――うん。お願い」

 次に母国に足を踏み入れるのは、魔族を倒す準備ができてから。

 そして、そのときには私はもっと強くなっている。絶対に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る