第6話 そのもふもふ、敵か味方か

 次にアイテムを収納しているインベントリを開く。目の前に所持アイテムが表示される。

 インベントリは、ドラえもんの四次元ポケットよろしくアイテムを収納している謎空間だ。現実だったらバックパックやスーツケースなんだろうけど、ゲームは楽でいい。

 とはいえ、四次元ポケットと違い、こちらには重量制限がある。あんまり重い物を大量に持ち歩くと、歩行速度が遅くなるペナルティが発生してしまうのだ。そこはリアルに近いんだなと思う。

 私が所持しているのはいくつかの宝石と指輪、装備は『巡礼者じゅんれいしゃのローブ』、『エーデの普段着』、そして魔族のドロップアイテムの『封神ほうしんの腕輪』だった。

 宝石や指輪はおそらく換金用だろう。設定的には、逃げ出すに当たって家から貴重品を持ち出した、といったところか。

 時間がもったいないし、詳しく調べなくてもいいかな。

 気になるのはやっぱり腕輪だ。

 封神の腕輪か。

 名前からして、魔法の力を秘めたマジックアイテムっぽい。アイテム説明は――不明?

 フレーバーテキストすらないアイテムなんて、初めて見た。とりあえず調べてみるか。

 私は入手したてを示すNEWのマークがついた腕輪のアイコンを人差し指でちょんちょんとつついて、インベントリから取り出す。

 白い水晶みたいな石がはめ込まれた腕輪だ。石はちょっと曇っている。

 手に取ってしげしげと眺めていると、不意に石の中でぎょろりと目のような何かが動いた気がした。

「……んん?」

 獣の目みたいに見えたけど……まさか、呪いのアイテムだったりしないよね。

 きっと石が曇っているから変なふうに見えたんだ。壁のシミが顔に見えてしまう現象だろう。あれ、パレイドリアって言うんだよね。これもきっとその類に違いない。

 恐怖をごまかすために、私は自分にそう言い聞かせながら、石を服の裾で拭った。 

 と――。

 ぼんっ! という効果音と共に腕輪から煙が吹き出し、私の前に巨大なシルエットが浮かび上がった。

 四足獣のシルエットだ。ぱっと見、三メートルくらいありそう。

「……おおっと」

 冗談抜きで呪いのアイテムだったか。敵モンスターを呼んでしまったのかもしれない。けど、だとしたら序盤から殺意が高すぎる。

 徐々に自然回復しているとはいえ、私のMPは心許ない。ゴースト系だったら実にまずい。

 逃げることも視野に入れた私が身構えていると、煙が薄れ、その獣の姿が露わになった。

 

 白くて大きい、虎のような獣だった。


 ような、というのは、虎と比べると毛が長いからだ。

 長毛種の猫をめちゃくちゃ大きくしたらこんな感じだろうか。

 ものすごくもふもふである。顔を埋めたい。いや、顔だけじゃない、全身を埋もれさせたい。母親がアレルギー持ちなので我が家では動物を飼えないが、私は猫や犬が好きだ。

 って、待て。敵かもしれないんだぞ。でも――。

「へえ。あのいけ好かないババアに呼ばれたのかと思ったら、これはまたかわいらしいお嬢さんじゃないか」

 私がもふもふにダイブしたい衝動と戦っていると、虎のような獣が口を開いた。さすがはファンタジー世界。当然のように獣が人の言葉をしゃべる。

「……白虎びゃっこ?」

 私はとりあえず頭に浮かんだ単語を口にした。

 西方を守護する聖獣だ。ゲームや漫画なんかにひっぱりだこだけど、FLOに実装されているかどうかは知らない。

「あたしはそんな名前じゃないよ」

 虎っぽい獣は私の推理を否定した。外れだったか。

「えーと。では、あなたは?」

 どうやら、こちらに敵対する意志はないみたいだけど。

「あたしはアイネ。そのクソ忌々しい腕輪に封じられた神獣しんじゅうさ」

「神獣? 神様ってことですか?」

 一応、敬語を使っておこう。怒りだしたら困るし。

 猫みたいに前足をそろえて座ったアイネはゆるりと首を横に振る。

「いや。使いっ走りってとこだね。むかぁし、ちょっと荒れていた時期があったんだけど、女神にのされちまってさ。以来、あたしは女神に頭が上がらないんだ」

 女神か。

 ドーガンも口にしていた、フェリセアのことかな。この世界を創ったという創造神だ。

 そしてアイネはフェリセアの舎弟みたいなものなのだろうか。焼きそばパン買ってこいよ、的な。

 私が通う高校の購買部でも焼きそばパンは人気商品で、日々熾烈な争奪戦が繰り広げられている。

「とすると、どうして魔族が持ってた腕輪に封じられていたんですか?」

「これまた昔に、女神に命じられて魔族――あのババアとは別の、もっと強いやつさ――と戦ったんだけど、ドジを踏んじまってね。特殊な水晶に捕らわれたんだ。で、あたしは、その水晶がくっついてる腕輪の持ち主に逆らえない」

「あれ? だったら、いまの持ち主は?」

「お嬢ちゃんさ。あんた、あの魔族ババアを倒したのかい?」

 魔族ババアって、すごい言い方。私もあんまりひとのことを言えないけど、口が悪いな。

「倒したはず、なんですけど――」

 私がさきほどの戦闘について説明すると、アイネは得心したようにうなずいた。

「そりゃたぶん魔法の道具だ。死んでも、一回だけ復活できるってやつだね」

「な……。そんなの、ずるい」

 仮に知っていたとしても、もう一回倒す余力は残ってなかった。いずれにせよ勝てない相手だったのか。

「あのババアは蒐集家しゅうしゅうかで、珍しい道具をため込んでいるのさ。あたしを封じている腕輪もその一つだった」

「ふーん。これはランダムドロップだったのかな」

 私は腕輪を手の中で回転させる。

「そうだお嬢ちゃん。名前は?」

「あ、ええと。エーデルシュタイン・クライノートっていうんですけど、普段はユーリで通そうかと」

 ユーリは、他のプレイヤーに名乗るときに使う名前だ。ドイツ語で7月っていう意味。

 由来は至って単純で、私の誕生月だから。FLOは所々ドイツ語っぽい響きの言葉を使っているし、ちょうどいいと思ったんだ。

 わざわざ別の名前を使っているのは、運営からの指示だ。

 エーデの名前がすぐにわかってしまうといろいろ不都合があるから、とのこと。ステータス画面での名前もユーリになっている。

 確かに、名前でばれちゃったら、メインクエストを早く進めたいプレイヤーがエーデの取り合いをするっていう状況になる可能性もある。

 ちやほやされるっていうか、キーアイテムみたいな扱いをされたりしてね。

 まあ、メインクエストに関しては、エーデなしでも追体験できるようなクエストを後日実装予定だって運営が明言してるから、そこまで大変なことにはならないとは思うけど。

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