第四章 そしてエーデになる
第45話 村人A
アルバートは王城前で雑踏を行き交う人を眺めていた。
土曜日ということもあって、朝から人が多い。これからクエストに挑戦したり、レベリングに出かけるのだろう。
本当はアルバートも新しいクエストに挑戦したかったのだが、今日は朝当番なので持ち場を離れるわけにはいかない。
以前はバラバラに見張っていた、同様の目的を持つプレイヤーたちが自然と集まり、いつしか当番制ができあがったのだ。
目的はもちろん、エーデルシュタイン・クライノートの発見だ。
発見して、可能であればパーティメンバーとして一緒にメインクエストを進めたいというのが『エーデを探す会』メンバーたち共通の願いだ。
みみっちいことをしているという自覚はある。
だが、こうでもしないと、「武器や防具は装備しないと意味がないよ」とか、「ここはザオバー村です」とか、「どこそこの洞窟にはこういうアイテムが眠っているらしいよ」というセリフしかない、極論すればいてもいなくてもゲーム進行にはさほど問題ない存在――いわゆる村人Aのポジションの自分がメインクエストにがっつり関われる可能性なんてないのだ。
運営は、後日、エーデと一緒じゃなくてもメインクエストを遊べる措置を取ると発表しているが、リアルタイムでエーデと冒険する興奮には敵わないに決まっている。
なにせエーデはスターなのだ。
スポーツにスター選手がいるように、大多数が遊ぶオンラインゲームには必ずと言っていいほどスポットライトが当たるスタープレイヤーがいる。
FLOの場合、シナリオの中心に据えられているエーデを操作するプレイヤーがその一人に当たるだろう。一人用RPGの主人公みたいなものだ。
どういう基準で運営が選んだのかわからないのはもやっとはするが、運がよかったのは間違いない。誰かに見いだされるというのもまたスターに必要な資質の一つだ。
もっとも、ムービーでの戦いを見る限り、エーデのプレイヤーは実力も兼ね備えている。
エーデの動きは百戦錬磨の格闘ゲームプレイヤーそのものだ。アルバートも格ゲーを遊んでいるからわかる。
アルバートが憧れたトッププレイヤーの領域に、彼女はいる。
運と、本物の実力。
自分にはどちらもない。どんなゲームでも一定以上の領域には行けるが、決して一流にはなれないのは自分がよくわかっている。
嘆息すると、アルバートは王城の門を見やった。もはや見慣れた二人の門番が身じろぎすらせず直立している。
ああして一日交替もなく立っているなんて、NPCじゃなかったらとても務まらないよなと思う。それに比べたら、交替要員がいる自分はまだましだ。仲間とゲーム内メッセージでやりとりして暇も潰せる。
それにしても、一体いつになったらエーデはやってくるのだろう。
ベータと違って今回のエーデの中身は人間のプレイヤーなので、指輪を手放すなんてないはずだ。
しかし、強制イベントで野盗に奪われた可能性はある。そうしたらベータのときと同じ展開になって、だとしたらまたしてもあの剣士がプレイヤーたちの前に立ちはだかったのかもしれない。
――破軍のベガイス。
アルバートも戦ったことがあるが、手も足も出なかった。剣筋すら見えず、気づけば斬られてホームポイントに戻っていた。
あいつが相手だとすると、長丁場になりそうだ。倒せるプレイヤーが現れるのはいつになるやら。
ベータテストではあまりにも強すぎて、結局誰も倒せなかったのだ。
「ん?」
ふと、アルバートは王城の門に向かうアバターに目を留めた。見たことがあるアバターだった。人間とライトステップの二人組だ。
名前はユーリとトーラス。どちらのアバターも造形が凝っているのでよく覚えている。
特にユーリのアバターは驚くほどかわいらしい。プロがデザインしたんじゃないかというくらい整っている。
もっとも、そういうアバターに限って中身が男だったりするのだが。一昔前で言うところのネカマだ。
中には許せないというプレイヤーもいるが、リアルと仮想現実で性別が違っていても別にいいとアルバートは思っている。個人の自由だ。
それにしても、エーデチャレンジに失敗した彼女たちが王城に何の用だろう。
「よお、久しぶりだな。今日はどうしたんだ」
アルバートが声をかけると、ユーリとトーラスは足を止めた。
「リベンジですよ、アルバートさん」
ユーリは左手を掲げてみせた。人差し指には、何の変哲もなさそうな黒い石をあしらった指輪がはまっている。
「指輪? ……ってまさか!」
ユーリは「見ていてください」と笑うと、堂々たる足取りで門へと向かっていった。その後ろにトーラスが続く。
ユーリが門番の兵士に指輪を見せる。指輪が輝いたような気がするが、アルバートの位置からはよくわからなかった。
指輪を見た門番の一人の表情がはっきりと変わった。慌てた様子で城内に消える。
「……おいおい」
アルバートは思わず呟く。
ほどなくして、ローブを着た偉そうな老人を伴って兵士が戻ってきた。宮廷魔法使いだろうか。
エーデの指輪を確認した老人は大きくうなずき、エーデとトーラスを王城に入るように促した。うなずき合った二人は王城内へと足を踏み入れる。
「おいおいおいおい! マジかよ!」
ユーリがエーデルシュタインだった?
ということは、彼女が魔族を素手でしばいたというのか。あの可憐な見た目で。
にわかには信じられないが、彼女が目の前で王城へと入っていったのは揺るぎのない事実だ。
つまり、本物。
てっきり騙りだと思っていたのに。指輪は何らかの事情で手放していたのか。
――待てよ。ってことは。
「……偽物扱いした俺を、パーティに加えてはくれないよな」
自業自得だが、これもまた自分らしいなとアルバートは苦笑した。
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