第46話 政治って、面倒くさいんですね

 宮廷付きの魔法使いだというお爺さんの先導で、私たちは謁見の間へとやってきた。

 毛足の長い赤色の絨毯が敷かれていて、天井にはシャンデリアがつり下がっている。舞踏会でも開けそうなくらい広い。

 数段高いところに玉座があって、ひげを生やした彫りの深い顔立ちの男性が座っていた。

 あの人がオルグド国王のクラディか。さすがの威厳だ。明らかにその辺のNPCとは違う。オーラみたいなものすら感じる。

 私はつばを飲んだ。偉い人に会うのは緊張する。

 私が会った中で一番偉い人って、校長先生か病院の院長先生だろうか。この先生きていても、リアルで王様に会う機会なんてまずないだろう。

「そなたがトリューマから来たという貴族か」

 国王の声が謁見の間に響いた。よく通るいい声だ。

「エーデルシュタイン・クライノートと申します」

 私は応える。

 映画で観たように膝を着いた方がいいのかなと思ったけど、誰にもとがめられなかったので私は立ったまま話を進めることにした。

「本日は謁見していただき、ありがたく存じます」

「要件は、神聖トリューマ国が明けない夜に包まれていることと関係しているのだろう」

 前置きもなく、国王は言った。

「ご存じでしたか」

 フルーメさんはなしつぶてだって言ってたけど、把握していたみたいだ。

「ああ、報告は受けている。そなたは、あれの原因を知っているのか」

「はい、魔族です。トリューマ国は、魔族に襲われました」

 私が告げると、謁見の間がざわついた。

「魔族だと」

「そんな馬鹿な。おとぎ話の存在だろう」

「だが、あんな現象は聞いたことがない。国土が明けない夜で包まれるなど。魔法だとしても、人やエルフでは無理だ」

 国王が無言で手を上げた。水を打ったように場が静まる。

「して、エーデルシュタイン。そなたの望みは何だ」

「――オルグド国の助力を願いたいです」

 トーラスさんとも事前に話し合ったんだけど、たぶん、これが正解だろう。他に何を頼めばいいかわからなかったし。

「我が国から兵を出せ、ということか?」

 肯定していいのか。

 隣のトーラスさんに意見を求めたくなる衝動に駆られたが、この場の雰囲気はそれを許してくれそうにない。

 トーラスさんを除いた全員から、「おまえが決めろ」という圧が発せられているようだ。

 少し迷ってから、私は「……そうです」とうなずいた。

 途端、私はひどく不安な気持ちになった。

 本当に、この答え方であっていたのだろうか。フルーメさんが、兵を動かすのは難しいと言っていたことを今更ながら思い出した。

 はたして国王は首を緩く横に振り、「残念ながら、そなたの願いを聞くことはできない」と言った。

 いやな予感は当たってしまった。どうやら私は答え方を間違えたらしい。

「なぜです?」

 怒られるのを覚悟の上で、そう尋ねる。

「神聖トリューマ国は中立国。正当な要請もなしに、我が国の軍を入れるわけにはいけないのです。領土侵犯になってしまいますから」

 王様の近くにいる、大臣っぽい男性が答えてくれた。

「いまは静観していますが、南のユースティ皇国が我が国に攻め入る口実にもなりかねない。なので、申し訳ありませんが、王国兵は動かせません」

 ……そうか。これ、エーデだったら知ってて当たり前の情報だ。

 私も、設定を読んで知ってはいた。けど、深く考えようとはしなかった。フレーバー程度だと思っていた。

 設定の理由を考えた上で、適切なロールプレイすれば、違う展開もあったかもしれないのに。

 勉強不足だ。私は唇を噛む。

「――魔族がトリューマ国から出てきたら、災いは大陸全土に広がる可能性があります」

 私が言葉に詰まっていると、トーラスさんが口を開いた。

 小さな身体を目一杯伸ばし、強い眼光で王様を見据える。周囲はとがめるような視線を送ってくるが、トーラスさんはひるむ様子もなく続ける。

「そうなる前に、手を打つ必要があるかと」

 王様は重々しくうなずいた。

「わかっている。そなたは冒険者だな」

「はい。エーデと一緒に旅をしています」

 はっとした。……そうだね、トーラスさん。私は、一人じゃなかったね。

「そうか。我々も、手をこまねいていたわけではない。魔族が原因だったのは予想外だったが、調査の準備は進めていたのだ」

 調査? 他国に兵を入れることはできないのにどうやって?

 そのとき、私の頭にひらめくものがあった。

「そうか。冒険者!」

 思わず大きな声が出た。冒険者は国にとらわれない。自由に、どこにだって行くことができる。

「その通り。冒険者ギルドにはすでに話を通してある。ただ……」

 国王は表情を曇らせた。

「私が依頼するというわけにいかんのだ。なぜかわかるか?」

 問われて、私は考える。誰も答えをせかそうとはしないのがありがたい。

「――王様の依頼だと、兵士を派遣するのと同じようになってしまうから」

「その通り。国の依頼で集めた『武力』を派遣したと難癖をつけられる可能性がある。それでは冒険者に頼む意味がない。シューレのフルーメにまとめ役を頼む案も出たが、彼がこれ以上力をつけすぎるのも国としては好ましくない」

「政治って、面倒くさいんですね」

 私が思わず言うと、国王は苦笑した。少しだけ厳めしさが崩れる。

「そうだな。身分を隠して私自ら赴ければいいのだが」

「王、いけませんぞ!」

 周囲の人たちが血相を変えた。この反応、もしかして国王は若かりし頃いろいろやらかしていたのでは?

「わかっている。大体、私が行かずとも、ここにうってつけの人材がいるではないか」

 国王がにやりと笑った。漫画で見たガキ大将みたいな笑みだった。

 謁見の間にいるみんなの視線が私に集中した。この流れはもしかしなくても――。

「トリューマ国から来た、魔族の脅威を知る者。エーデルシュタイン・クライノートよ。祖国を救いたいと願うのならば、そなたが冒険者たちをまとめるのだ」

 王様が高らかに告げた。

 さすがに声に出したら雰囲気ぶち壊しだから、私は心の中で思い切り叫んだ。

 

 ですよねー! と。

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