第47話 メインクエストに関わる資格

 半ば無理矢理渡された重要アイテム『王の書簡しょかん』を携え、私はトーラスさんと城を出た。

 門番二人が敬礼で見送ってくれる。

 厳しいけど、職務に忠実な人たちだった。

「ユーリ、いや、エーデって呼んだ方がいいか」

 通りに出たところで、アルバートさんが駆け寄ってきた。

 私とトーラスさんが王城に入っていくのを見ていたものね。私がエーデだと気づいて当然だ。

「この際、どっちでもいいですよ」

「じゃあ、エーデと呼ばせてもらう。エーデ、疑ってすまなかった」

 アルバートさんは、深々と頭を下げた。

 戸惑いながら、私は手を振った。

「え? いやいや、お気になさらず。私も、証拠を示せなかったし」

 だから、謝られるようなことじゃない。

「だとしても、俺は端っからきみを信じてなかった。申し訳ない」

 アルバートさんの犬耳、というか狼耳はしおたれている。獣人は耳にも感情が出るようだ。

「しょうがないと思います。私だって、アルバートさんの立場だったら信じられなかっただろうし。私が、NPCだったエーデみたいに指輪を売っちゃったのが悪いんですよ」

 私がうかつだったのだ。責められる者がいるとしたら、私を置いて他にはいない。

「マジか?」

「ええ、アイテムをまとめて売ったときにやっちゃいました」

「……そ、そうか。なんにせよ、どうしても謝りたかったんだ。筋を通すっていうかさ。これだけは言っておきたかった」

「そうですか……」

 その気持ちは、なんとなくわかる気がする。たとえ相手が怒ってないにせよ、自分自身が納得したいのだろう。

「一つ訊きたいんだけど、ベガイスと戦ったのか?」

 イシダさんが言ってたな。

 ベータだと、指輪を取り戻すために野盗の用心棒であるベガイスと戦わなきゃいけないって。

「ベガイスとも戦いましたが、最終的にミノタウロスと戦う羽目になりました。指輪を競り落としたエルフの商人との取引で」

「そんな展開だったのか。ベータのときより厳しかったんだな」

「仲間に助けられて、なんとか乗り切りました」

「――きみたちは、すごいな」

 アルバートさんは、何かを吹っ切るように笑みを浮かべる。

「これから先も大変だと思うけど、きみたちならきっと大丈夫だ。がんばってくれ。影ながら応援してる」

 アルバートさんはそう言うと、踵を返した。足早に去ろうとするアルバートさんの背中に、私は声をかける。

「私は、アルバートさんに感謝してます」

 アルバートさんは足を止めた。振り向かずに言う。

「どうして?」

「指輪のこと、教えてもらえなかったらお城に入れなかったと思うから」

 いつかは気づいたかもしれないが、もっと時間がかかっていたはずだ。私たちがすんなりメインクエストを進めることができたのは、アルバートさんのおかげで間違いない。

「――そうか。村人Aでも役に立てたんだな」

「村人A?」

 どういう意味だろう。

「なんでもない。じゃあな」

 アルバートさんはひらりと手を振って、雑踏に消えていった。

「アルバートさん、本当はパーティに入りたかったのかも」

 トーラスさんがぽつりと言った。

「そうなのかな」

 うっすらと、私もその可能性を考えていた。じゃなきゃ、門の前でエーデを待っていたりはしないだろう。メインクエストに関わりたいって言っていたし。

「たぶん。でも、ユーリさんを疑った手前、言い出せなかったんだろうね」

 一瞬、いまからでも追いかけてパーティに誘ってみようかと思った。

 だが、すぐに考え直す。きっと、アルバートさんは望まない。だって、彼は自分の筋を通したのだから。

「――僕は、ユーリさんのパーティにいてもいいのかな」

「トーラスさん……?」

 私は不安になった。急に何を言い出すんだろう。

「僕は、偶然ユーリさんに出会っただけの初心者だ。そんな僕が、メインクエストに関わる資格はあるのかなって考えちゃったんだ。さっき、王様には一緒に旅をしてるって言ったのにね」

 そうか。そういう考え方もあるのか。

 けど――。

「――そんな資格なんて、どこにも存在しないよ。トーラスさんが勝手に作り出しているだけ」

「でも……」

「私たちはゲームの中の登場人物じゃなくて、人間なんだから。私たちの冒険に台本なんてないし、特定の誰かをパーティに入れなきゃいけない義務もない。エーデとか関係なしに、私はトーラスさんと冒険を続けたいよ。――トーラスさんはどうなの?」

 この質問をするのは、本当に怖かった。

 目をそらしたくなるのをぐっとこらえ、私はトーラスさんの目をまっすぐに見据えた。

 トーラスさんが見つめ返してくる。ライトステップ特有のつぶらな瞳だけど、意志の強さを感じた。

「僕も、ユーリさんと冒険を続けたい」

 トーラスさんもまた、私から目をそらすことなく言った。

 私は心の底から安堵した。もうやめにするって言われたらどうしようって思っていたから。

 私は微笑む。

「――うん。ありがとう」

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