第48話 立てよ冒険者

「これ、ギルド長にお願いします」

 私は冒険者ギルドのカウンターに王の書簡を差し出す。受付嬢の笑顔が固まった。

 受付嬢はまじまじと封筒の封蝋を見つめる。竜をかたどった印璽いんじされていた。

「王家の紋章……?」

「本物ですよ。陛下はギルド長に見せればわかるって言っていました」

「しょ、少々お待ちください」

 受付嬢は慌てた様子で奥の方へと消えていく。

 ややあって、小柄ながらがっしりした体躯のひげもじゃの男性がやってきた。

 エルフと並んでファンタジーではおなじみの種族、ドワーフだ。

 いま私が目にしている男性のような体型が一般的で、手先が器用。でもって飲み食いが好きという設定であることが多い。作品によっては女性にもひげが生えてたりする。

「書簡を読みました。どうぞ、こちらへ」

 ドワーフのおじさんは言った。

 すると、この気のよさそうなドワーフのおじさんがオルグド冒険者ギルドのボスなのか。

 私たちはギルド長に促され、奥の部屋へと進む。ギルド内にいたプレイヤーたちがどよめいた。普段、プレイヤーたちが立ち入れない場所だからだろう。

 通された部屋にはテーブルと椅子が数脚置かれていた。どちらも素朴ながら素敵なデザインだ。いかにも腕のいい職人が作りましたという感じ。

 私の視線に気づいたのか、ギルド長が「私が趣味で作ったんですよ」と笑う。

「素敵ですね」

 お世辞抜きで私は言った。

 お店で売っている物と遜色ない。むしろこっちの方が立派かも。

 プレイヤーも制作系のスキルで家具を作れるけど、この域に達するまでには一体どれくらい鍛錬しなければいけないのか。

「ありがとうございます。どうぞ、おかけください」

 ギルド長に促されて、私たちは椅子に座る。うわ、座り心地もいい。この椅子、現実に持って帰りたいな。

「あなた方の活躍は聞いていますよ。ミノタウロスを倒したとか」

 そう言ってギルド長はあごひげを撫でる。

「どうしてそのことを?」

 トーラスさんが尋ねる。

「ギルド間の情報網ですね。我々は常に連絡を取り合っているので」

 納得がいった。フルーメさんがシューレの冒険者ギルドに情報を伝えたのだろう。

 しかし、シナリオっていうのもあるんだろうけどAIの対応力がすさまじいな。会話もスムーズだし、本物の人間と話している気になる。

「冒険者ギルドとしては、神聖トリューマ国奪還のために力をお貸しするのはやぶさかではありません。書簡によれば、報酬はオルグド国が出すそうです」

「! ありがとうございます」

 よかった。報酬については懸念の一つだった。

 私個人じゃどうにもならないし、かといってトリューマ国から出しますなんて無責任に請け負うわけにもいかないからね。

「礼を言うのはまだ早いです。冒険者たちが動くかどうかは、あなたにかかっているのですから」

「というと?」

「無論、報酬目当てで名乗りを上げる者はいるでしょう。だが、そうではない者もいる。その者たちを動かすためには訴求力が必要不可欠です。だから、あなたが檄を飛ばすのです」

 そっか。国王にも言われていたことだ。私が冒険者たちをまとめる必要があるって。

 冒険者たちは全員プレイヤーで、つまり生きた人間だ。プレイヤーたちに動いてもらうためには、具体的になにをどうすればいいんだろう。

「檄を飛ばすっていうのは……?」

 私が訊くと、ギルド長は分厚い胸板をどんと叩いた。

「簡単です。演説をすればよろしい。立てよ冒険者、と」

「演説ですか……?」

 生徒会長に立候補する人みたいに? 

 私、ああいうの真面目に聞いていたことなんてないぞ。校長先生の話の途中で何度か倒れたこともあるし。

 そういえば、中学のとき、全校集会で倒れた私に「そこまでしてみんなの気を引きたいの?」って小声で言った女子がいたなあ。

 腹が立ったからホラー映画のクリーチャーみたいに這って自力で保健室に行こうとしたら、悲鳴を上げてたっけ。可能ならばブリッジ移動を決めたかった。きっともっと怖がっただろう。

「この王都オルデンには大きな劇場がある。あそこを貸し切りましょう」

「うぇ……」

 ギルド長の提案に自然と顔が引きつった。私は助けを求めるようにトーラスさんに目を向ける。

「確かあの劇場、1000人は収容できたはずだよ。参考までに、宝塚大劇場が2500人くらいだね」

 トーラスさんは冷静に答えてくれた。

「なるほどね、1000人か。だったらなんとか……って無理! 絶対無理! そんな大勢の前で演説なんてできないよ!」

 救いの手が差し伸べられることはなく、代わりに恐るべき情報がもたらされた。

 1000人だなんて、想像するだけでもぞっとする。プレッシャーに耐えきれず、カニみたいに泡を吹いて倒れてしまうかもしれない。FLOにそんなエフェクトがあるかどうかは知らないけど。

「1000人集まるかどうかもわからないし、そもそもみんなアバターだよ。リアルの人間じゃない」

「それはそうなんだけど……」

「アンファイをやっていたときには、配信してなかったの?」

 トーラスさんの質問に、私は首を横に振る。

「自分ではしてない。公式大会は配信されてたけど、こっちからは誰が観ているかわからなかったし」

 顔も名前もわからない。……だからこそ、みんな好き勝手にコメントを書けたのだろう。

「他に方法はないんですか?」

 ダメ元で、私はギルド長に尋ねた。

「私は思いつかんなぁ」と、ギルド長はあごひげをなでつける。

 やっぱりか。もしかしたら他にクエストを進めるための抜け道があるかもしれないが、運営側は演説を推しているようだ。

「ユーリさん、無理そうだったら別な方法を考えても……」

 私がよほど悲壮な顔をしていたのか、トーラスさんは気遣うように言った。

「――いや、やるよ。楽しいかもしれないし」

 私は両の拳を握ってみせる。

 半分は強がりだけど、残り半分は本音でもある。

 やってみないとわからない。だったら、挑戦してみようじゃないか。

 私はギルド長に向き直った。

「手配をお願いできますか」

 ギルド長はにっと笑う。

「お安いご用だ」


 ほどなくして、オルグド国をスタート地点として選んだプレイヤーたち全員に冒険者ギルドからのお知らせメールが届いた。

 一週間後、王都オルデンの劇場でエーデルシュタイン・クライノートが演説を行うという内容だった。

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