第34話 ガイドはもふもふを希望する

「なるほど」

 イシダさんはうなずいた。納得してくれたのかな。

 写真機をしまったイシダさんは何やら考え込む顔になり、

「お二人は、見たところ武術家と魔法使いですよね。探索系のスキルは取ってますか?」と言った。

「『隠密行動』や『罠感知』は取ってます。まだレベルは上がってませんが」と私は応える

 当分の間、トーラスさんとアイネ以外に仲間を増やすつもりはないので、私は戦闘系以外の汎用スキルもいくつか取っていた。

 FLOのスキルは、使えば使うほど熟練値がたまってレベルが上がる。レベル上限に達すると上位スキルに変化するものもある。

 熟練値の他にスキルポイントを振ってレベルを上げることもできるけど、ちょっともったいない気がするので私は抵抗がある。

「それだと、この遺跡はちょっと危ないと思います。お宝はないけど、罠は生きてますからね」

「……あー。そうなんですね」

 FLOのダンジョンは、一度外に出ると解除した罠が復活してしまう。

 他のプレイヤーに楽をさせないためというより、新鮮な気持ちでダンジョンに挑んでほしいからだろう。

 それにしても困ったな。

 ジョブ特性で探索系のスキルが強化される盗賊がいれば楽なんだけど、私はジョブを変えられないし。

 私の悩みを見透かしたかのように、イシダさんは自分を親指で差した。

「そこで、ものは相談なのですが、私をガイドとして雇ってくれませんか? この遺跡の最深部に行ったことがあるので、お役に立てると思いますよ」

 願ってもない申し出だった。

 彼女は悪い人ではないというのはわかる。

 私一人だったら即決していただろう。だが、いまの私は一人じゃない。

「仲間と相談してもいいですか」

「もちろん。どうぞ」

「トーラスさん、どう思う?」

「――僕は、仲間になってもらった方がいいと思う。罠の危険を減らせるなら、できるだけ減らすべきだ」

 確かに、戦いで果てるならともかく罠に引っかかってロストは悲しすぎる。

「アイネは?」

「あたしのボスはユーリだ。ユーリの決定に従うさ」

「うお! しゃべるんですね。……いいなぁ」

 アイネが話すのを見て、イシダさんは自分の猫耳をピクピクさせた。リアルで動物好きなのかな。

 私はイシダさんに向き直った。

「雇う、と言いましたが、報酬はなにをご希望ですか?」

 お金なら問題ないけど、アイネに関する情報の提供だったら考えなくてはいけない。

 正直にすべてを話す必要があるからだ。おそらく他のプレイヤーはアイネを仲間にできないだろう。アイテムに封印されている神獣はまだいるかもしれないけど――。その辺の説明をするとなると、絶対ややこしくなる。

「もふもふ」

「はい?」

「そちらの白い獣、アイネさんを、思いっきりもふらせてください」

 イシダさんは、指をうねうねと蠢かした。確かにアイネのもふり具合は最高だけど――。

「その報酬でいいんですか?」

「本音を言えば、情報を聞いたり写真を撮らせてほしいんですが、それだとどうにもフェアじゃないので」

 やっぱり、情報は聞きたいよね。実直な人だ。

「すみません……」

「いえいえ。お気になさらず。私がユーリさんの立場でも、アイネさんの情報は秘匿しますよ。私としては、未知のクエストにご一緒できるってだけで十分な報酬です。思わぬシャッターチャンスがあるかもしれませんからね」

「助かります。――というわけなんだけど、アイネ、どう?」

 私が訊くと、アイネはふっと笑った。前足を上げる。

「ついでに、肉球を触るサービスもつけようか」

 サービス精神旺盛だね。イシダさんは両手をすりあわせる。

「おお! ぜひぜひ!」

「じゃあ、決まりだね。イシダさん、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 私とトーラスさんはぺこりとお辞儀した。

「こちらこそ、よろしく」イシダさんは爽やかに笑う。


 ボロボロであちこちから光が入ってくるからか、遺跡の中は割と明るかった。存在は知っていたけど、実際に入るのは初めてだ。

 神殿みたいな雰囲気で、空気はひんやりとしている。冷房が効きすぎているスーパーを連想した。

「おっと。罠があるのでお気をつけて」

 先頭を歩くイシダさんが足を止めた。

 手にしていた長い棒を伸ばして少し先の床のタイルを押す。途端、両側の壁からたくさんの槍が勢いよく飛び出してきた。

 穂先には、赤茶けた錆が付着している。これ、犠牲者の血だったり?

 それより怖いのは――。

「……私の罠感知スキルでは見破れませんでした」

 罠感知が発動すると、罠がある場所がぼんやりと赤く光って見えるのだが、他のタイルと全く同じに見えたのだ。

「最低でもスキルレベル3はないと危ないみたいですね。私も何度か串刺しになりました」とイシダさんは言った。

 すると、下手したらいまのでやられていた可能性もあるのか。けちってないでポイントを振ってスキルレベルを上げた方がいいかも。

「ユーリさんならかわせそうだけど」

 トーラスさんの言葉に、「さすがに無理」と私は苦笑する。……いや、でも、練習すればあるいは?

「あんたなら、叩き折った方が早いんじゃないか?」

 最後尾を歩くアイネが冗談めかして言う。

「それだ!」

「冗談なんだけど、本当にやりかねないね」

「差し支えなければでいいんですが、お二人のレベルを教えてもらっても? あ、私は26です」

 歩みを再開してすぐに、イシダさんが言った。

「僕は31です」

「私は32ですね。アイネも同じはずです」

 私たちはレベルを開示した。

 ちなみに、他プレイヤーに対するレベル開示はデフォルト設定では『しない』になっている。『する』にしておくと、名前の横に表示されるので一目瞭然だ。

「もうそこまで上げたんですか。早いですね。レベリングはどこで?」

 話しながらも、イシダさんは周囲の警戒を怠らない。ベテランの風格を感じる。慣れてるな。ベータテスターだったのかも。

「ずっと韋駄天いだてんキノコを狩ってました」

「へえ、あいつですか。よく狩れましたね。私も挑戦したんですが、逃げられてばっかりなんで諦めましたよ」

「三人で連携してどうにかしました」

「おお、すごい」

 川に落ちたことは黙っておこう。

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