第35話 異教の神殿

「ところで、お二人はこの遺跡の歴史をご存じですか?」

「異教の神殿ですよね。フェリセア教以外を信仰していた人たちが建てた」

 イシダさんの質問に、トーラスさんが即答した。

 女神フェリセアは、この星『フェリセティア』の創造神だ。

 信仰する人も多く、エーデの母国、神聖トリューマ国はフェリセア教の総本山である。

 FLOの世界観的に、『異教』というと、フェリセアや彼女に連なる神以外を信仰する宗教を指す。――邪教も含めて。

「トーラスさん、よく知ってるね。遺跡の歴史なんて、私は知らなかったよ」

「シューレの公共図書館で読んだんだ。あれだけたくさん本があるのに、読めるのは一部だけでちょっと寂しかったけどね」

 そうか。私がログインしていない間にいろいろ調べるって言ってたものね。

「じゃあ、何の神様が祀られていたかも知ってたり?」イシダさんが訊いた。

「いえ。僕の読んだ本には書かれていなかったです。イシダさんは知ってるんですか?」

「お恥ずかしい話ですが、ガイドと言いつつ私も知らないんですよ。図書館にそれっぽい文献はあったんですが、『古文書読解』のスキルがいるみたいで、私には読めませんでした」

「古文書読解か。取れるなら取ってみようかな」

 トーラスさんが呟いた。読書好きのトーラスさんに向いているスキルだと思う。

「読めたら、私にも教えてくださいね」

 イシダさんはにっと笑って言った。


 その後、落とし穴や釣り天井といった罠を回避しつつ、私たちは地下に降りる階段の前までやってきた。

 スムーズに進めたのはイシダさんのおかげだ。本当にありがたい出会いだった。

「地下に降りると、長い通路があって、その先は最深部の大広間です。お二人の調査対象はたぶんそこにいるかと」

 イシダさんが階段を指さして言った。

「……」

「トーラスさん、どうかした?」

 一瞬、考え込む顔になったトーラスさんだったが、私が声をかけると、すぐに微笑みを浮かべた。

「――なんでもないです」

 下に行けばおそらくボス戦だ。緊張しているのかもしれない。

「地下は真っ暗ですか?」

 私が訊くと、イシダさんは首を横に振った。

「いえ。通路にも広間にも松明が備え付けられているので、視界は問題ないですね。魔法の松明なのか、絶対に消えないっぽいです。ついでに言うと、罠もないですよ」

「情報ありがとうございます。大広間に行けば、高確率でボス戦が始まります。イシダさんはどうします?」

「もちろん、ここまで来たらついていきますよ。戦闘のお手伝いもさせてください」

 イシダさんは短剣の鞘を叩いた。

「ありがとうございます。では、行きましょう。罠がないなら私が先頭に立ちます」

 私が言うと、みんなはうなずいた。

 長い階段を慎重に下りる。

 一段ごとに、空気が変わっていくのがわかる。冷気が薄れ、その分重苦しさが増していく。

 階段を下りきった先は、イシダさんが言った通り、長い通路だった。壁には一定間隔で松明が備え付けられている。かすかに獣臭がする。

「……こいつは臭うね」

 アイネが呟く。

 私でもわかるのだ。アイネの鼻には強烈に臭っているに違いない。

「じゃあ、先に進む前に作戦を立てておきましょう。ボス戦になったら、トーラスさんは補助魔法をかけてください。あとは適宜、効果のありそうな攻撃魔法を。ただ、相手によっては魔法が効かないかもしれないので、そのときはMPを温存しつつ、生存を優先で」

「了解」

「イシダさんにはサブアタッカーをお願いしてもいいですか」

「お任せください」

 イシダさんは短剣を抜き放った。

 赤黒い刀身。『スコーピオンエッジ』だろう。毒の追加効果を持つ短剣だ。

 探索に強い盗賊系だが、戦闘ができないわけではない。死角からの奇襲は、戦士の一撃にも勝るとも劣らない攻撃力を持つ。

「タンクは私がやる。アイネはメインアタッカーね」

「承知」

 私たちの中で攻撃力が最も高いのは、アイネで間違いない。私では倒すのに数発殴る必要があるモンスターを一撃で屠ったりするし。

「タンクって敵の攻撃を引きつける役だよね。危なくないの?」

 トーラスさんが不安そうに訊いてきた。私は微笑んで答える。

「私はHPと防御力で受けるんじゃなくて、回避するタイプだからね。うまく避けてみせるよ」

 強がりではない。ベガイスのときより、レベルも素早さも上がっているので機敏さは増している。

 仮に攻撃を喰らったとしても、よほどのレベル差がなければ一撃でやられることはまずないだろう。だが、油断はしない。

 私たちは通路を粛々しゅくしゅくと歩く。

 そして、通路の終着点には、大きな鉄の扉があった。

「――では、作戦通りに」

 私は鉄の扉を押し開けた。

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