第36話 気分は闘牛士
むっとするような獣臭をかき分けるようにして、私たちは大広間に飛び込んだ。
中央にたたずむ、影のかかったモンスターが見える。
徐々に影が晴れていき、その姿が露わになった。
「……このモンスターは」
真っ先に反応したのはトーラスさんだった。
「ミノタウロス!」
その声に応えるように、『ミノタウロス』は雄叫びを上げた。
ギリシア神話に出てくる、頭が牛で身体が人間の怪物だ。
逃げ出した冒険者たちが聞いたのは、きっとこの声だろう。
私は相手の頭上に目をこらす。
「レベル45!」
私はモンスターやエネミーのレベルがわかるスキル『レベル看破』で判明したミノタウロスのレベルを告げた。
高いけど、4人でかかればなんとかなる。
「みんな、行くよ!」
おへその辺りに力を入れて、力強く床を踏みしめる。スキル『
「プロテクトシールド!」
続けてトーラスさんが防御力強化の魔法をかけてくれる。
私は真正面、イシダさんは右、アイネは左からそれぞれミノタウロスに突撃する。
大きさは3メートルくらいか。両刃の斧を持っている。
ミノタウロスは、正面から迫る私に視線を据えた。斧を振りかぶり、叩きつけるように振り下ろす。
速いけど直線的だ。
私は身体をわずかにずらして攻撃を
私は斧の柄に足をかけて跳躍した。空中でフィギュアスケート選手のように身を回し、足刀をミノタウロスの首筋に打ち込む。
震脚のバフに加えて魔力操作で強化した渾身の一撃だったけど、ミノタウロスのHPゲージは少ししか減少しなかった。
私の攻撃力が低いというのを考慮しても、タフな相手だ。ひるみもしない。
着地した私に、斧から手を離したミノタウロスが拳を振るった。私は両手を交差させて防ぐ。重い衝撃、しっかりガードしたにもかかわらずHPが減った。決して安くないダメージだ。馬鹿力め。
私は拳の戻りに合わせて、ミノタウロスの足にローキックを放った。ダメージは微々たるものだが、ヘイトを稼ぐのが目的なので問題ない。
一旦間合いを取って両の拳を打ち鳴らし、スキル『挑発』を発動する。
狙い通り、怒ったように雄叫びを上げたミノタウロスは私に向かってきた。
気分は猛牛と対峙する闘牛士だ。
ミノタウロスがでたらめに振り回す斧を回避しながら、細かく蹴りや拳を当ててさらにヘイトを稼ぐ。
よし、タゲ取りはそろそろいいか。
「攻撃、よろしく!」
左右で様子をうかがっていたイシダさんとアイネが飛びかかる。イシダさんは短剣で斬りつけ、アイネは首筋に噛みついた。
「魔法、行きます!」
私の後ろでトーラスさんが声を上げる。私は横にどいた。
「炎よ、鋭き槍となりて我が敵を討て! ファイアランス!」
お、しっかり『詠唱』してる。
魔法を使うには名前を言うだけでいいんだけど、呪文を詠唱すると効果が増すのだ。
詠唱の効果で、通常は一本のところ三本に増えた炎の槍がミノタウロスに突き刺さり、燃え上がった。
タフなミノタウロスでも三人の連続攻撃はさすがに堪えたようで、苦悶の声を上げる。HPゲージが大分減った。
怒ったミノタウロスがトーラスさんに突進する素振りを見せた。大ダメージを与えたせいで、攻撃対象が変わったようだ。
――させるか。
私はトーラスさんの前に立ち塞がった。
軽く膝を曲げ、斧を振り回す腕をいなしつつ向かってくるミノタウロスの懐に入り込む。
そうして足を引っかけ、体勢を崩したミノタウロスのお腹に背中からぶち当たった。
巨木同士をぶつけたようなすごい音がして、ミノタウロスが大きくよろめく。
これでダウンしないのか。さすがの頑丈さだ。でも――。
私が声をかける必要はなかった。
アイネが背後からミノタウロスの首筋にかじりつき、イシダさんは腎臓の辺りを短剣で深く刺してねじる。かなりエグい。映画で観た特殊部隊の隊員みたい。
続けて、トーラスさんが再びファイアランスを放った。
炎の槍が突き刺さり、ミノタウロスの身体が
ミノタウロスの身体がかしぎ、ゆっくりと倒れた。それから、光の粒子になって消滅していく。
「ユーリさん、怪我は?」
トーラスさんが駆け寄ってきた。
「たいしたことないよ」
「でも、HPが減ってるじゃないか。ヒール!」
私の身体が光に包まれて、HPが全快する。何気にヒールを使ってもらうのは初めてだ。レベリングじゃほとんどダメージを受けなかったし。
「ありがとう」
「どういたしまして」
トーラスさんとのやりとりに、胸がぽっと温かくなった。
仲間がいるって、いいな。いままでは戦闘で傷を負っても、自分で回復アイテムを使うだけだった。誰かに治してもらうって、こんなにうれしい気持ちになるんだ。
「あれはクエストアイテムですかね」
イシダさんの声に振り向けば、床の上に、ミノタウロスが使っていた斧が残っていた。
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