第27話 30万ギルデン

 少しして、ドアが開く。

 姿を見せたのは、黒い執事服を着たおばあさんだった。きれいな白髪をアップにし、背筋はピンと伸びている。

「冒険者の方ですか?」

 こちらが口を開くより早く、おばあさんは言った。

「はい、そうです。私はユーリ、こちらはトーラス。大事な話があって、参りました。いきなりでぶしつけかとは思いますが、フルーメさんにお目通りを願いたいのです」

 さっきのトーラスさんを参考にして、私は言った。

 おばあさんは、私たちの頭からつま先までさっと視線を走らせた。

 武道着のまま来てしまったけど、『仕立てのいい服』とかを買って着替えてくればよかったかな。いやでも冒険者って言ってるのにそういう服を着ているのも変か。

 私があれこれ考えていると、おばあさんは軽くうなずき、「かしこまりました」と、屋内に招き入れてくれた。

 お、よかった。一安心だ。

 おばあさんは先頭に立って、きびきびと廊下を歩き出す。

 NPCとの会話に補正が入る話術系スキルを取ってないので、追い返されることも覚悟していたのだが、ちょっと拍子抜けだった。すんなり進むのに越したことはないけど。

「こちらにどうぞ」

 おばあさんが足を止める。

 私たちが通されたのは、応接室と思われる広い部屋だった。

 小さな家ならすっぽり入ってしまいそうだ。

 調度品も豪華だ。あのピカピカしてる壺とか、何ギルデンするんだろ。

「少々お待ちください」

 おばあさんは、私たちの来訪を告げるためか、どこかへと歩いていった。

「手土産を持ってくればよかったかな。おまんじゅうとか」

 身体が沈み込みそうになるソファに腰かけ、私は呟いた。

「売ってるの?」

 私の隣に座ったトーラスさんが言う。

「わかんない。でも、この街は貿易も盛んだから、もしかしたら東の島国のおかしとして売ってるかもね。保存は魔法でどうとでもなりそうだし。機会があったらお店も見てみようよ」

 交易都市シューレは王都に負けず劣らず広いので、すべて見て回るとなるとどれくらい時間が必要かわからない。ちょっとしたテーマパークみたいなのだ。

「いいね。楽しそう。――それにしても、アポも紹介もないのにすんなり通してくれたね」

 部屋を見渡し、トーラスさんは言う。

「そうだね。信用値も低いと思うんだけど」

「信用値?」

「私たちプレイヤーには、NPCに接するときに参照される信用値があると言われているんだ。人助けをしたり、難解なクエストをこなしたりすると上がるんだって。あとは身なりとか。公式が明言したわけじゃないけど、それっぽいのはあると思うよ」

「王都オルデンの門番が功績云々って言ってたのって、その信用値のことかな」

「たぶん。信用値が上がればあの門も通してもらえるのかも」

「そっか。そういうやり方もあるんだ」

「解法は一つだけじゃないっていうのもFLOの特徴だからね」

「お待たせいたしました。私がフルーメです」

 私たちがそんな話をしていると、一人のNPCが応接室に入ってきた。すらっとしたエルフの男性だ。

 エルフはファンタジー作品でよく見かける種族だ。

 長命な種族で弓や魔法が得意、そして美形、という設定であることが多い。耳が尖っているのも特徴だ。

 フルーメさんも例外ではなく、容姿端麗だった。

 ファンタジーの商人というと、恰幅がよくて、高そうな指輪をいっぱい着けていて、頭にターバンを巻いていたり帽子をかぶっているというのが私の中のイメージだったのだが、フルーメさんにはそういう要素はまったくなかった。服装はシンプルで、ベンチャー企業のCEOを連想する。

「初めまして。ユーリです」

「トーラスです。お会いできて光栄です」

 私たちは立ち上がって挨拶をする。フルーメさんはにこりと笑うと、手振りで私たちに座るように示した。

 私たちが座るのを確認し、フルーメさんもソファに腰を落ち着ける。

「本日は、どういった御用向きでしょうか」

 前置きもなしに、フルーメさんは言った。ならばこちらも単刀直入に行こう。

「競売所で、フルーメさんが『星炎石せいえんせきの指輪』を手に入れたと聞きました。間違いないでしょうか?」

「ええ。間違いないですよ」

 フルーメさんはうなずく。

「実は、あの指輪は私が手違いで売ってしまった物なのです。虫のいい話かとは思いますが、買い取らせていただくことは可能でしょうか」

 私が言うと、フルーメさんは「ふむ」と腕を組んだ。

「星炎石は、装飾品としての価値は低い。特定の人物が持たなければ、見た目はただの石ですからね。だが、トリューマ国内でしか採れないのと、外部にほぼ流出しないことから、稀少品として市場ではかなりの価格がつきます。私も、あの指輪を競り落とすのに少なくない額を支払いました」

 なんだって。そんなにレアだったのか。

 猛烈にいやな予感がしてきた。

「……おいくらだったんですか」

 私はおそるおそる聞いた。

「ざっと30万ギルデンです」

「さんじゅ――」

 私とトーラスさんは揃って絶句した。桁違いだ。私の所持金、2万しかないんだけど……。

 フルーメさんから買い戻すとなったら、30万以上は支払う必要があるだろう。

 それだけのお金を稼ぐのにどれくらい時間がかかるのか、私には見当がつかない。そもそも、売ってくれるかどうかもわからないし。

「――差し支えなければ、どうしてあの指輪を必要としているか、理由を聞かせていただいてもよろしいですか?」

 フルーメさんに訊かれて、私とトーラスさんは顔を見合わせた。トーラスさんがかすかにうなずく。

 私に任せる、ってことかな。

 適当にごまかしたら、かえって嘘くさくなるだろう。指輪を持っているってことは、フルーメさんはきっとメインクエストに関わるNPCだ。私は真実を話すことに決めた。

「わかりました。信じていただけるかどうかはわかりませんが――」

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