第28話 食えないエルフ
「魔族の出現、ですか」
私の話を聞き終えたフルーメさんは低くうなった。
「魔族は伝説の存在。それなりに長生きしている私でも見たことがない」
「やっぱり、信じられませんよね……」
私は肩を落とした。
「だが、トリューマの国土と付近一帯がすべて夜になるという異常事態が発生しているのは事実。それで、冒険者ギルドを通じて探索隊を送ったのですが、音信不通なのです」
フルーメさんは眉間に指を当てる。
探索隊か。
もしかして、私がやられちゃった場合、その辺りを軸にメインクエストが進むのかな。今度はプレイヤーたちが探りに行く、とかで。
「メンバーは腕利きばかりで、そこらのモンスターに後れを取るとは考えにくい。ゆえに、魔族の仕業という、あなたの話に信憑性がないわけでもない。トリューマは森の国。夜の森の中、魔族という未知の敵に襲われたら、いかに手練れでも対応は難しいでしょう」
そう言って、フルーメさんは私の目を見つめた。
確かに、暗い森の中で魔族が不意打ちしてきたら苦戦は必至だろう。
「王城にも異変を知らせましたが、
フルーメさんは軽く息を吐く。
「今後の対応に悩んでいたところにあなたが現れた。実際に魔族を目撃したというトリューマ貴族のあなたが直接告げれば、王も腰を上げるかもしれない。魔族出現が事実ならば、この国、いや、大陸全土の危機ですからね」
これは、風向きが変わったと思っていいのだろうか。
「だったら――」
身を乗り出した私を、しかしフルーメさんは手をかざして制止した。
「あなた方が詐欺師で、私が指輪を渡した途端、逃げ出すという可能性もある」
膨らんだ希望はたちまちしぼむ。
「……おっしゃるとおりです」
すぐに信用なんてしてもらえるはずがない。フルーメさんから見れば、私たちは得体の知れない冒険者なのだから。
信用値を上げて出直すか、別な方法を見つけるか。探索隊に志願するのもありかもしれない。
私があれこれ考えていると、フルーメさんは芝居がかった仕草で人差し指を立てた。
「そこで提案なのですが、私からの依頼を受けてはいただけませんか」
「依頼?」
どうやら、まだ話は終わりではないようだ。
「はい。この街の西に、遺跡があるのはご存じですか」
「ああ……っと。正式名称は忘れましたが、『枯れ遺跡』のことでしょうか」
すでに探索され尽くしており、お宝の類は一切残っていない、という設定のダンジョンだ。
製品版でどうなったかは知らないが、ベータでは戦いやすく経験値もおいしいモンスターが多数出現するのでレベリングスポットとして人気があった。一度私も見に行ったことがあるけど、人が多すぎてすぐに引き返した記憶がある。
「そうです」
フルーメさんはうなずいた。
「最近、あの遺跡を練習がてら探索した冒険者たちから、ある報告が上がったそうです。遺跡に一匹のモンスターもいなかった、というものです」
「それは妙ですね」
モンスターが急に出現しなくなるなんて、プレイヤーとしてはまずバグを疑うところだが、フルーメさんの話し振りではそうではないのだろう。
「報告には続きがあります。不思議に思った冒険者たちが奥へと進もうとすると、何か、獣の
案の定、フルーメさんはそんなことを言った。
「咆哮……」
まさか、竜とか? FLOにいるかどうかわからないけど、いても不思議ではない。
「おそらく、元から遺跡に住んでいたモンスターたちも逃げ出したのでしょう。――あるいは、すべてやられてしまったか」
「獣の咆哮らしきものを発した存在に、ですか」
「ええ」
「――なるほど」
「依頼というのは他でもない、あなた方に、その『魔物』を退治してほしいのです」
「調査ではなく退治ですか」
「はい。見事倒すことができたのなら、報酬として、星炎石の指輪をお返ししましょう」
「……ユーリさん」
トーラスさんが不安そうに私の服の袖を引いた。
おそらくボスクラスの強さを誇るモンスターだ。いまの私たちのレベルでは苦戦は免れないに違いない。
「不安ならば、仲間を集ってもいいですよ」
私たちの不安を見透かしたかのように、フルーメさんは言った。
あぁ、これはおそらくフルメンバー、六人での攻略が推奨される相手だ。
でも――。
仲間はともかく、レベリングはどこかのタイミングでがっつりしなくてはいけないと思っていた。これはいい機会かもしれない。
「わかりました。その依頼、お受けいたします」
私が言うと、フルーメさんは破顔した。
「おお、受けてくれますか。ありがたい! 冒険者は皆、渋っていましてな。かといって街の脅威になるかもしれない存在を放置もできず、正直、困っていたのです」
これは難易度が高そうだ。しっかり気を引き締めないと。にしてもフルーメさん、この街のことを大切に思ってるんだね。
「精一杯、私たちにできることをしようと思います」
言って、私は立ち上がった。トーラスさんも立ち上がる。
「――おや、あなた。首飾りをしていますね」
私の首元に目を留めたフルーメさんが言った。
「え? ああ、そうですね」
「失礼ですが、見せてもらっても?」
装飾品にも興味があるのかな。商人だものね。
「どうぞ」
私はたくしこんでいた烈日の首飾りを引っ張り出す。立ち上がったフルーメさんが驚いたように目を見開いた。
「烈日の首飾り? なぜあなたがその首飾りを?」
「王都に行く途中、野盗に襲われていた貴族らしき人を助けたんです。そのお礼に頂きました」
「そ、そうだったのですか。……その女性と子どもに怪我はありませんでしたか?」
「無事でしたよ」
「ああ、よかった……」
フルーメさんは、安堵したようにソファに座り込んだ。
「お知り合いなんですか?」
「ええ、まあ。一緒にオークションに参加などしています。ライバルみたいなものでしょうか」
「じゃあ、この首飾りはオークションで?」
「お察しの通り、この間のオークションで彼女が競り落としたものです。――本音を言うと、私も狙っていたのですが」
「なるほど」
この口ぶり、あえて譲ったのかな。
「彼女、王都で劇場を経営していましてね。私も時々観に行くんですよ」
そう言うフルーメさんの顔は楽しそうだった。ライバルと言いつつも、憎からず思っているのかもしれない。
もしかしたら、恋愛感情を持っているのかな。
エルフと人に限らず、異種族間の恋愛って、ロマンチックだよね。
「では、私たちはこれで」
「はい。吉報をお待ちしております」
応接間を出る直前、私は振り返り、気になっていたことを訊いた。
「ところで、フルーメさんはなぜ実績もない冒険者の私たちに会ってくださったんですか」
「冒険者の方々は、私にとって大切なビジネスパートナーですからな。――あなた方のように」
そう言って、フルーメさんはにやりと笑った。
なるほどね。私たちを体よく利用するってことか。彼は単なる善人ではない。食えないエルフだ。
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