第29話 林のキノコにご用心①
「強敵と戦う流れになっちゃったみたいだけど、仲間を探すの?」
屋敷を出て、歩き始めたところでトーラスさんが言った。
「んー。トーラスさん、信頼できるフレンドって、いる?」
「いや、そもそも、フレンドがユーリさんしかないよ。ユーリさんは、ベータテスター時代のフレンドはいないの?」
私は首を横に振る。
「こっちにはリストを引き継げなかったからね。製品版に備えて、リアルで連絡先を交換してた人もいたらしいけど……」
一応、何人かフレンドはいたけど、私は誰とも製品版での「待ち合わせ」を約束しなかった。
「そっか。じゃあ、どうする? 誰か探してみる?」
トーラスさんは、どうして? とは訊かなかった。きっと気を遣ってくれたのだろう。
まあ、私が待ち合わせをしなかったことに深い理由なんてないんだけど。
単に、ネット関係のしがらみにうんざりしていただけだ。
だから私は、ベータのときも他のプレイヤーと深い関係を築こうとしなかった。
「いや。ひとまず私とトーラスさん、アイネでやってみよう」
「けど、戦力的にきつくない? フルーメさんの言い方だと、相手はすごく強そうだよ」
「そうだね。でもね、そういうときに何をすればいいかって、すごく明白なんだ」
その辺りはゲームもリアルも同じだ。
「レベル上げ――レベリングってやつ?」
「そうそう。ひたすら鍛錬あるのみ」
「ということは、シューレ周辺で地道にモンスターを倒すんだね」
「それもいいんだけど、どうしても時間がかかっちゃうんだよね。なので、今回は経験値の多いモンスターを狙い撃ちしようと思う」
「そんなのいるんだ。みんなが狙いそうだけど……」
人気のレベリングスポット、いわゆる狩り場は多くのプレイヤーが集まる。モンスターの取り合いも珍しくない。
だが、私が狙おうとしているモンスターはちょっと特殊なのだ。
「倒すのにとにかく手間がかかるから、そうでもないの。まず見つけるのが大変。で、いざ発見したら、狩人に罠を仕掛けてもらって、盗賊や魔法使いで足止めして……っていうような感じで戦うんだけど、連携が取れてないとうまく倒せないんだ。下手したら普通のモンスターを倒している方が効率いいかも。私も一回パーティで戦ったけど、ほとんど倒せなかった」
急ごしらえのパーティで、連携もなにもあったものじゃなかったのだ。
「僕たちだけで倒せるの? 狩人も盗賊もいないけど」
私は笑みを浮かべて腕輪をなでる。
「私たちには、アイネがいるから」
交易都市シューレからやや離れたところに、目立たない雑木林がある。
ダンジョンというわけではなく、単なるフィールドの一部なのだが、この林、やたらとキノコが生えているので有名だった。
キノコは各種素材になるので、料理人や錬金術師、薬師たちが欲しがるのだが、この場所には近づきたがらない。
なぜか。
答えは簡単で、戦うのが面倒なモンスターがいるからだ。
惑いキノコを一回り大きくしたようなそのモンスターの名前はずばり『
危険な胞子を広範囲にまき散らす厄介者だ。
惑いキノコは足しか生えていなかったが、狂乱キノコは腕も生えている。大きさは150センチくらい。
そんなキノコが二足歩行で迫ってくる様は、はっきり言ってホラー以外の何物でもない。おまけに狂乱キノコの胞子を吸い込むと、しばらく混乱状態になり、まともに攻撃できなくなる。
だが、対処法がないわけではない。
シューレで売っているアクセサリー『空気のタリスマン』を装備して、補助魔法をかければ胞子はある程度防げる。見た目が怖いのはどうにもならないが、あとは速攻だ。
「――よし、こんなものでいいかな」
そんなわけで、私たちは協力して周辺の狂乱キノコをあらかた倒した。あとは狂乱キノコが再び出現する前にお目当てのモンスターを倒すだけだ。
狂乱キノコはあくまで前座で、本命は他にいる。
「どうやって探すの? それらしいのはいなかったけど」
トーラスさんがきょろきょろと周囲を見渡す。狩り場としても不人気なので、他のプレイヤーたちの姿は見えない。
「木の根元に隠れてるの。それを見つける」
「なんだか、松茸探しみたいだね」
「レアって意味では同じだね。というわけで、アイネ、お願い」
「やれやれ。あたしは犬じゃないんだけどね」
アイネは文句を言いつつも、地面の匂いを嗅ぐ。
アイネのステータスを見ることはできないが、どうやらいくつかスキルを所持しているようで、頼めばこうして使ってくれる。レベリングのときにアイネが教えてくれたのだ。
「あの木の根元、妙なにおいがするよ」
アイネが前足で一本の木を差す。
「よし。……って、アイネ、その顔どうしたの?」
私は思わず笑ってしまった。アイネは舌を出し、思い切りしかめ面をしていたのだ。
「特定の匂いを嗅ぐと、自然とこうなっちゃうんだよ」
アイネは不本意そうに言った。
なんだか知らないが、敏感なのも大変だ。私には草と木の匂いしかしない。
「フレーメン反応かな」
トーラスさんも笑いながら言う。
「フレーメン反応?」
どこかで聞いたことがあるような。
「靴下のにおいなんかを嗅いで変な顔をする猫の動画とか、観たことない?」
「あ、言われてみれば、あるね。かわいかった」
「ああいうのだね。においに反応しちゃうんだって」
「なるほど」
「いいからほら。狩りの時間なんだろ」
アイネがせかす。やっぱり狩猟動物なのか、うずうずしているみたいだ。何かを追いかけるって、これまでなかったからね。
「そうだね。じゃあ二人とも、手はず通りに」
「合点」
「わかった」
私たちは即席の陣形を組んで、じりじりと木に近づいた。ある程度近づいたところで、私はアイネにゴーサインを送る。
足音を殺し、木に忍び寄ったアイネは大きく息を吸い込み、咆哮した。
すると、それまでなにも見えなかった木の根元に、キノコが浮かび上がってきた。小型犬くらいの大きさのキノコだ。虹色に光っていて、やっぱり足が生えている。
「出た! 『
お目当ての、大量の経験値をくれるモンスターだ。その名の通り、とんでもなく足が速い。
「キノコなのに透明化で隠れてるって……」
トーラスさんが呟くが、そういうモンスターなので深く考えてはいけない、と思う。
姿を現した韋駄天キノコ目がけて、アイネが鋭い爪を振るった。
が、土から飛び出した韋駄天キノコはするりと攻撃を避け、アイネの横を通って逃げようとする。
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