第30話 林のキノコにご用心②

 アイネの一撃で倒すのが理想だったけど、プランは用意してある。

「トーラスさん!」

「うん。アースウォール!」

 トーラスさんが杖をかざし、魔法を発動させた。

 韋駄天いだてんキノコの進行方向に土の壁が出現する。

 盾として使うのが主な用途の魔法だが、こういう使い方もありだ。

 驚いたのか、アメコミのキャラクターみたいな跳び上がり方を見せた韋駄天キノコは、着地後素早く踵を返した。

 私とアイネは左右から挟み込むようにキノコに迫る。

「せい!」

 私はシューレの武器屋で新調した『鋼鉄こうてつ手甲てっこう』を装備した右手を振るう。が、私の拳はむなしく空を切った。

 く、素早いな。さすが100メートルを5秒で走るというだけのことはある。小さいし、当てにくいったらない。

「これでどうだい!」

 アイネの鋭い爪の一撃を、しかしキノコは空中に跳んでかわしてみせた。無駄にスタイリッシュだ。

「逃げちゃう!」

 トーラスさんが叫ぶ。

 私はとっさに、まだ残っていた土の壁目がけて跳躍した。三角飛びの要領で壁を蹴る。

 そうして勢いをつけて、逃げるキノコの背中に跳び蹴りを放った。

「喰らえ! 閃弾脚せんだんきゃく!」

 しかし私の足裏は、あと少しというところで韋駄天キノコに届かなかった。普通に蹴りに行った方が速かったかもという考えを頭から追い出す。

「まだッ!」

 着地した私は、勢いよく地面を蹴って韋駄天キノコに飛びかかった。

 捕まえようと両手を広げたところで、韋駄天キノコは急旋回して私のお腹の下を駆け抜けていく。

 待て、なんだその機動性は。キノコがしていい動きじゃないだろう。

「ユーリさん!」

 トーラスさんの悲痛な声。

 私の眼前にあるのは川だった。必死に宙をかくが、もちろん無意味だった。

 なすすべもなく、私は川に落ちた。水しぶきが舞い上がった。

「だ、大丈夫?」

 川の深さは幸いそれほどでもなかった。突然の闖入者ちんにゅうしゃに、魚が泡を食ったように逃げていく。

 私は立ち上がりもせずに、川底にお尻をつけて空を仰いだ。

 冷たさはさほど感じない。

 顔を下げてキノコはと見れば、猛烈な速さで木々の間に消えていくところだった。100メートル5秒は伊達ではない。

「あーあ。全盛期のあたしだったら追いつけたのに」

 途中で追いかけるのを諦めて戻ってきたアイネがぼやく。

「――っく」

 喉の奥から自然と笑いが漏れた。

「ユーリさん?」

 トーラスさんのいぶかしげな声。

 限界だった。私はお腹を抱えて笑い出した。

「あははは!」

「おやまあ。キノコに逃げられて、おかしくなっちまったのかい?」

「胞子にやられたのかも」

 二人して好き勝手なことを言ってくれる。

「違う、違うの。うまく言えないけど、なんか楽しくって」

 韋駄天キノコには逃げられるし、川に落ちて水浸しになるし、踏んだり蹴ったりだ。

 だけど、私は無性に楽しかった。

 リアルじゃまずできない、川にダイブが気持ちよかったのかもしれないし、みんなでわちゃわちゃとキノコを追いかけるというおかしな状況がツボにはまったのかもしれない。

「――そうだね」

 トーラスさんはやさしい笑みを浮かべた。

 ひとしきり笑ったあと、私は立ち上がった。ポタポタと、服や髪から雫が垂れた。

「おやおや、水も滴るいい女だ」

 アイネが言って笑う。

 アイネのAIはそういう慣用表現もできるのか。私は髪をかき上げて苦笑した。

「今回は失敗したけど、次はきっとやれる。……あ、でも、今日はもう落ちなきゃ」

 気づけば時間は夜の12時近く。楽しい時間はあっという間だ。

「僕も落ちるよ。明日からまたがんばろう」

「そうだ。トーラスさんに言わなきゃいけないことがあるの」

「え。……な、なに?」

 トーラスさんが身構える。

「リアルの事情で、明日から二週間ほどログイン時間を減らさなきゃいけないんだ。具体的に言うと、遊べるのは夜の9時から10時まで」

 来週から中間テストが始まるので、集中して勉強しなくてはいけない。

 本当は一切ログインしない方がいいのだけど、さすがにそれだと禁断症状が出てしまう。

「そっか。何事かと思ったよ」

 トーラスさんは肩の力を抜いた。

「ごめんね。私の勝手な都合で」

「ぜんぜん。気にしないで」

「で、これからの予定なんだけど、二週間しっかりレベリングして、それから遺跡に突撃しようかなって思ってる。トーラスさんはどう?」

「いいと思うよ」

「うん。じゃあ、決まりね」

「僕の方でも、いろいろ調べたり準備をしておくね」

「ありがとう。助かる。それじゃ、お疲れさま」

「お疲れさま」

 ここはフィールド扱いなので、戦闘中じゃなければ安全にログアウトできる。宿屋まで戻る時間がもったいないし、今日はここでいいか。

 私たちは手を振り合い、そのままログアウトした。

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