第26話 勇者行為はご遠慮ください

 おいしい牛乳を飲んで一休みした私たちは、今度は交易都市シューレへと向かった。

 せわしないけど、アイネに乗ってあちこち移動するのは爽快そうかいだ。リアルじゃ味わえない旅情がある。電車やバスとはまた違った良さだ。

 道を無視して最短距離で突っ走った結果、シューレには20分程度で到着した。アイネならではだ。徒歩だとモンスターに絡まれるのでこうはいかない。

 街に一歩入るなり、たくさんの人の熱気と喧噪が押し寄せてきた。かすかに潮の匂いもする。

 王都オルデンは人間が多かったが、ここシューレではエルフやドワーフ、そしてライトステップも見かける。中には獣人もいた。

 NPCもだけど、プレイヤーも多い。お店やクエストがたくさんある街だから、必然的に人が集まるのだ。船に乗って他国に行けたりもする。

 私は乗ったことないんだけど、ランダムで海賊や海のモンスターに襲われるらしい。……幽霊船も出るとか出ないとか。

 ホラーが苦手な私としては、海賊はともかく怪異は御免被りたい。

「たくさんの人がいるね」

 トーラスさんはきょろきょろと周囲を見渡す。人混みに紛れたら、小さいし、はぐれてしまうかもしれない。

「はぐれないように、手でもつなぐ?」

「……え?」

 私が言うと、トーラスさんは固まってしまった。……よく考えると、失礼だったな。申し訳ない。

「あ、じょ、冗談だから。まずは競売所に行って話を聞いてみようか」

 私は入り口近くに設置してある掲示板の地図を見ながら言った。

「う、うん……」

 競売所は街の大通りにある。ひときわ大きな建物だ。歩いてすぐだった。

 ヴィント競売所、と書かれたおしゃれなデザインの看板がかかっている。

「競売って、プレイヤーも参加できるの?」

 建物を見上げて、トーラスさんが言った。

「できるよ。私も半分冷やかしで参加したことがある」

 会場には、戦闘とはまた違う独特な緊張感が漂っていたのを覚えている。

 あのとき出品されてたのは、レアなアクセサリーだった。素早さが上がる靴で、当時はスルーしたけど、いまなら喉から手が出るほど欲しい。

「なんか、数字が書いてある札みたいなのを上げるんだ」

「パドルだね」

「そういう名前なの? 初めて知った。トーラスさん、物知りだね」

「たまたま知ってただけだよ」

 トーラスさんは照れたように頬をかいた。

 本で読んだのかな。読書、好きっぽいし。

 私たちは競売所に入った。

 広いエントランスには数人のNPCとプレイヤーがいる。NPCたちは、タキシードやドレスといったパーティに着ていくような服装をしていた。

「すみません。ちょっとお訊きしてもいいですか?」

 私は受付にいた女性のNPCに話しかけた。耳が長い。エルフだ。

「はい。なんでしょうか」

 受付嬢は完璧なスマイルで応じてくれた。こういうとこの受付って、大抵美人だよね。

「最近、『星炎石せいえんせきの指輪』が出品されたと聞いたのですが、詳細を教えていただいてもいいでしょうか」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 エルフの受付嬢は手元のカタログらしき本をめくり始める。

 ほどなくして、

「ございましたね。ザオバー村のクーゲルシュライバー様出品の品物で、落札済みです」と教えてくれた。

 道具屋のおっちゃん、そんな名前だったのか……。伝説の武器みたいな名前だ。

 それはそうと――。

「落札者が誰か、教えてもらえますか?」

「フルーメ様です」

 エルフの受付嬢はあっさり教えてくれた。リアルだったら個人情報保護で絶対に教えてくれないだろうな。

「その、フルーメさんって、どんな方なんですか?」

 カウンターに手を置き、背伸びをしたトーラスさんが訊いた。……かわいい。

「このシューレでは知らない者はいない、大商人ですね。わたくしどもヴィント競売所もひいきにしていただいております」

「さすがに、どこに住んでいるとかまでは……」

 私はダメ元で訊いてみた。

「高級住宅街で一番大きなお屋敷です。すぐにわかると思いますよ」

 おお、訊いてみるものだね。まあ、知らない者がいない、っていうくらいだから、住んでいるところも有名なのかもしれない。

 思ったよりも簡単に見つかったな。

「ありがとうございます」

 私たちはエルフの受付嬢に礼を言って競売所を後にした。

 

 高級住宅街は、その名に違わず豪奢なお屋敷が建ち並んでいる。住んでいるのはほ商人が多い。シューレでは、商人の力が強いのだ。

「あのお屋敷かな」

 トーラスさんが指さしたのは、ひときわ大きなお屋敷だった。

「わかりやすいね」

 城とまではいかないが、ちょっとした砦くらいの大きさはありそうだ。

 開け放たれていた門から、私たちは敷地内に入った。門番も番犬もいない。

「勝手に入っちゃったけど、大丈夫?」

 トーラスさんがきょろきょろと広い庭を見渡す。

「不法侵入の場合、システムメッセージで警告が入るから大丈夫だよ。今回は出てないので問題なし」

「なら、いいんだけど」

 トーラスさんが不安になるのもわかる。いきなり人の家の庭に入るのは、ゲームでも気がとがめる。

 ちなみに警告を無視して強引に侵入した場合、どこからともなく衛兵が飛んできて逮捕である。

 罪を犯した場合、罰金を払うか、ある程度の時間、牢屋に入らないと許してもらえない。

 罰金の金額や禁固時間は罪の大きさに応じて決まる。

 時間は長くても十五分くらいらしいけど、何もせずに牢屋の中でじっとしているのはつらそうだ。

「あ、でも、家の中の家具を調べたりするのは禁止ね。許されるゲームもあるらしいけど、FLOはアウトだから」

「許されないのが普通では……?」

「まあ、ね」

 RPGについていろいろ調べている内に知ったんだけど、人様の家の壺やタンスを調べるのは『勇者行為』っていうそうだ。元ネタは超有名な国民的RPGだとか。

 私はFLOしか遊んだことがないけど、RPGはいろんな作品が存在している。

 ファンタジーだけじゃなく、戦車が出てくるRPGもあるそうで、ホント、幅広いジャンルだと思う。

 最新作はフルダイブ対応で、戦車の操縦を体験できるらしい。それでモンスターと戦うって、面白そうだ。機会があったら遊んでみたいかも。しばらくはFLOにかかりきりだろうけど。

「着いたね」

 私たちはお屋敷の前までやってきた。両開きの大きなドアにごついノッカーがついている。竜の頭部をかたどった物だ。真鍮製だろうか。年季が入っている。

 私は竜が咥えているリングを打ち鳴らした。

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