第33話 獣人の女の子

「お待たせしました。中間テストもレベル上げも終わったので、いよいよ枯れ遺跡に突撃しようと思います!」

「おおー」

 私の宣言に、トーラスさんが腕を上げて応えてくれる。

 二週間ひたすら韋駄天いだてんキノコを狩り続けた結果、私たちのレベルは30を超えた。

 現時点でのレベルキャップ、レベルの上限は50なので、30あればメインクエスト中盤くらいまではまず大丈夫だろう。――普通のキャラならば。

 私のステータスは相変わらず貧弱で、30を超えたにも関わらず、以前のアバターのレベル15程度しかない。これはちょっと厳しい。

 ただ、数字だけ見れば低いけど、思うようにアバターを動かせるのならば問題はない。低いステータスはプレイングでカバーだ。

 遺跡に向かう前の最終準備として、私たちは武器屋と防具屋でできるだけいい装備を揃えた。

 トーラスさんは『黒緑くろみどりの杖』に『薫風くんぷうのローブ』、そして『新緑しんりょくの三角帽子』と、いかにも魔法使いっていう格好になった。

 サイズは装備すると自動調整されるので、ライトステップに合わせた丈だ。かわいい、って言ったら怒られるかな。

 一方の私は、防具を『名花めいかの道着』に変えた。

 赤い花の刺繍が施された道着だ。高い上にちょっと派手だけど、素早さが上がる追加効果は大きいので、思い切った。

 残ったお金で回復アイテムを補充した私たちは、アイネに乗って枯れ遺跡へと向かった。

 交易都市シューレの西方、切り立った崖の麓にそのダンジョンはある。

 ベータのときは賑わっていた遺跡も、モンスターが出なくなったいまとなっては人っ子一人いない、と思っていたのだけど――。

 写真機を持ったプレイヤーが、レンズをあちこちに向けてシャッターを切っていた。

 黒髪で頭の上に猫耳がついていて、お尻には尻尾も見える。獣人の女の子だ。

 名前は――イシダさん。リアルの名前をそのまま使うタイプなのかも。

 盗賊系のジョブなのか、革鎧を装備していて、腰に短剣を帯びている。ショートパンツからは、健康的な足が伸びていた。

 アイネを隠す暇もなく、イシダさんは私たちに気づいた。

「お? ――おおお!」

 アイネを見たイシダさんが目を輝かせる。

 造形が凝っているかわいいアバターで、猫耳と尻尾以外は普通の人間だ。やろうと思えばほぼ獣なキャラも作れるので、その辺はプレイヤーの好みである。

「もしや、最近プレイヤーたちの間で噂になっている、白い獣ですか!? フィールドを猛スピードで駆け抜けていくっていう!」

 イシダさんが鼻息も荒く言った。

「――ええ、そうです」

 もはやごまかせない。枯れ遺跡には誰もいないだろうという油断があった。テストが終わってテンションが高かったせいかな。

 私はアイネの背中から降りた。トーラスさんも続けて降りる。

神々こうごうしいですねぇ。大きな猫みたいで、手触りも良さそうです」

「あの、あなたはここでなにを?」

 自分たちのことは棚に上げて、私は訊いた。

「ん? ああ、私ですか。見ての通り、スクショを撮ってました。私、スクショを撮るのが趣味なんです」

 イシダさんは手にした魔道写真機を軽く振ってみせる。

 私はさりげなくアイネを守るために前に出た。私の意図に気づいたようで、イシダさんは苦笑した。

「安心してください。許可なく撮ったりしませんよ。そもそも、あなた方はプライバシー設定でスクショ不許可ですよね。写真仲間が撮れなかったと嘆いていました」

「そうですね」

 これまでに、移動中に何度か写真機を向けられたことがある。あの中にイシダさんの仲間がいたのだろう。

「私はパパラッチをするつもりはありません。モンスターや動物の写真は撮りますが、どっちかっていうと風景を撮る方が好きなんです。こういう、いかにもな雰囲気の遺跡とかね」

 イシダさんは写真機のレンズを遺跡に向ける。朽ちかけた遺跡は、確かに独特の趣がある。

「FLOは景色がきれいですよね。思わず見とれちゃう場所が多いです」

 トーラスさんが言った。

「そう! そうなんですよ! ここまでグラフィックがすごいゲームってなかなかないです。現実にただ寄せるんじゃなくて、あくまでゲームならではの『らしさ』を追求しているのも私的にはポイント高いです!」

 イシダさんは鼻息も荒くトーラスさんに迫る。

「わ、わかる気がします」

 トーラスさん、私が技について語ったのを聞いたときと同じ顔だ。ちょっと困ってるふうだけど、決していやそうにはしない。

「同じ景色でも、時間で違う顔を見せてくれるのがまたたまらないんですよ。陰影の移り変わりとか――」

 イシダさんの、喜々として魅力を語るこの熱量は本物だ。FLOと写真が好きっていうのがひしひしと伝わってくる。

「……っと、失礼。一人で喋りすぎました。ところで、ユーリさんとトーラスさんはここになんの用事ですか? レベリングが目的だったら、この遺跡にモンスターは出ませんよ」

 我に返ったようで、私たちの頭上の名前を確認して、イシダさんは言った。

「それです」

 反射的に、私は遺跡の入り口を指さす。

「というと?」

「この遺跡にモンスターが出なくなった理由を調査しに来ました。クエストで」

「え? そんなクエストがあるんですか。シューレの冒険者ギルドでは見かけなかった気がしますが」

「……それは」

 しまった。よく考えないでクエストって言っちゃった。誰かに訊かれたときのことなんて、想定してなかったからな。

「フルーメさんから直接頼まれたんです。たぶん、信用値が関わっているのかと」

 私が言葉に詰まっていると、トーラスさんがフォローしてくれた。心の中で感謝する。

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