第32話 一番身近な異性

 中間テストがすべて終わった。

 帰りのHRで担任の先生から「気を抜いて羽目を外しすぎないように」という忠告を頂戴し、私たちは解放された。

 次は期末テストだけど、まだ先の話だ。いまは目先の開放感を楽しもう。

いさみ、テストの打ち上げにカラオケ行こう」

「いや、ファミレスでしょ?」

 古址こしくんの席に、クラスで目立つ男女が集まってくる。みんな古址くんの友達だ。

「ごめん。今日は用事があるんだ。俺の分まで、みんなで楽しんできて」

「えー、なに、デート?」

「まあ、そんなとこ」

「だったらしょうがないな」

 あっという間にみんなは教室を出ていった。

 あれ、古址くん、彼女はいないって言ってたのに。

 最近告白されて誰かと付き合い始めたとか?

 ……なら、平瀬ひらせさんは……。

 私は前の席の平瀬さんの様子をうかがう。淡々と、帰り支度をしていた。

岩波いわなみさん」

 古址くんが私を呼んだ。

「ん?」

「今日、これから暇?」

「……時間はあるよ」

 一拍おいて、私は答えた。本当は、すぐにでもFLOにログインしたいけどね。

「よかった。じゃあ、ファミレスに行かない? 勉強を教えてくれたお礼に、ごちそうさせてほしいな」

「……え。だって、デートの約束は?」

「ないよ。俺、彼女いないって言ったよね。そもそも、デートって明言もしてない」

 古址くんはいたずらっぽく笑う。

 確かに、さっき古址くんは『デートか?』と訊かれて『そんなとこ』と返していた。

 嘘ではない、か。

 とにかく、一安心だ。よかったね。平瀬さん。――って、なんで私が人の恋路を心配しているのか。

「気を遣わなくてもいいよ。教えたっていっても、たいしたことはしてないし」

 テスト前は先生が出題する問題のヒントをくれることが多いから、授業をしっかり聞いて復習は欠かさないというアドバイスをしたのと、範囲内で重要な問題の解き方をいくつか教えただけだ。

 古址くんは要領がよく、それだけですらすらと問題集を解けるようになった。地頭がいいのだろう。うらやましい。

「私も」

 と、急に前の席の平瀬さんが振り向いた。

「私も、岩波さんにお礼がしたい。古址くんと割り勘で、どう?」

 ものすごく真剣な顔だった。

 平瀬さんに至っては、現国について私なりの考え方を教えただけだ。

 ごはんに行きたいのなら、直接古址くんを誘えばいいのに……って、それは恥ずかしいのかな。

「俺は構わないよ。平瀬さんと割り勘だったら、ステーキでもなんでも頼めるね」

「ステーキ? 私を餌付けするつもり……?」

 心がざわめいた。小食でも、お肉は好きだ。おいしいものを食べると心が満たされる。

「いや、ただのお礼だってば」

 ちょっとしたコツを教えただけなんだけどな。

 でも、二人の厚意をすげなく断るのも悪い気がする。平瀬さんを応援したい気持ちもあるし。

 ふと、トーラスさんの姿が脳裏をよぎった。

 ひとりは確かに楽だけど――。

「――うん。そしたら、ごちそうになろうかな」

 気づけば、私はうなずいていた。


 夜、自室で私は携帯端末の画面を眺める。ファミレスでの打ち上げの最後に、私は二人とメッセージアプリのIDを交換した。

 古址くんのアイコンは白い犬で、平瀬さんのは猫。どっちも血統書がついてそう。

 私のアイコンだけペンペン草でちょっと浮いてる。

「姉ちゃん、風呂空いたよ。って、なにニヤニヤしてんの」

 ノックもなくドアが開いて、弟の鈴彦すずひこが顔を見せた。

「してないし。あと、ノックしてっていつも言ってるでしょ」

 私は携帯を机の上に伏せて、鈴彦に文句を言った。

「ファミレス、楽しかったの? 友達と行くのって、たぶん初めてだよね」

 にやにやしながら携帯を指さして、鈴彦は言った。私が携帯をいじっているのを見て、何を考えていたのか察したらしい。

 家族には、クラスメイトとファミレスに行くから晩ご飯はいらないと伝えてあった。当然鈴彦も知っている。

「友達……って言っていいのかわからないけど、楽しかったよ」

 張り切って頼んだステーキは半分も食べられず、結局二人に手伝ってもらった。

 教室がファミレスに変わっただけで、話の内容も普段と大差ない。でも、なぜだか妙にテンションが上がっていたのが我ながら不思議だった。

 あんまりはしゃぎすぎると熱が出るから、そこは注意したつもりだけど。

「よかったじゃん」

 鈴彦はにっと笑う。

「そうだね」

「ま、おれは彼女と行くけどね」

 鈴彦には、小学生時代からの彼女がいる。紹介されたことがあるけど、かわいい子だった。

「ファミレスじゃなくて、おしゃれなカフェに連れて行ったらかっこいいよ。古民家カフェとか」

「姉ちゃんは、そういうカフェ知ってるの?」

「……知らない」

 私が言うと、鈴彦は悲しそうに首を振った。

「姉ちゃん、彼氏作りなよ」

「うるっさい。大きなお世話」

 私はしっしっと手を振って鈴彦を追い払う。

 鈴彦は憎たらしく笑って出て行った。

 私は手を落とし、携帯端末の背面を撫でる。

 彼氏、か。いたとしたら、どんな感じなんだろう。

 ふと、古址くんの顔が頭に浮かぶ。

 いや、いやいやいや。別に、意識しているってわけじゃないと思う。家族以外で一番身近な異性というだけだ。教室での座席的にね。

「……まったく、鈴彦め」

 私は、気を取り直すために大きく伸びをした。

 お風呂に入って、テストで引っかかった部分をさらっと勉強したらFLOで遊ぼう。

 今日は、ついに遺跡に行くのだ。

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