第2話 他人事じゃないオープニング②
BGMがおどろおどろしいものに変わる。
このあと、エーデは思わず悲鳴を上げてしまい、気を取られたドーガンは魔族の不意打ちを許す。
傷を負ったドーガンは不利な戦いを強いられる。
勝てないことを悟ったドーガンはエーデを逃がし、最後には無残にも魔族に討たれる。――というのが、ベータ時のオープニングの展開だ。
それがわかっている私は、音を立てないように馬車から出た。さっきから確認しているのだが、現状はどうやらムービー扱いではないらしく、私は自由に動けるようだ。
「――!」
私に気づいた魔族が首を傾けてこちらを見た。
金色の、感情が読めない瞳が私を捉える。肌がひりつくような威圧感だった。
ベータテストでは戦う機会のなかった相手だ。はたしてどれくらいのレベルなのか。
私は目をこらす。相手の頭上のHPゲージしか見えない。
敵の詳細な情報を確認するには専用のスキルが必要だが、エーデは所持していないようだ。戦闘経験なんてない令嬢という設定なのだから、当たり前か。
「エーデ様!? 出てきてはいけませんと申したはずです!」
魔族の視線に気づいたドーガンが声を上げる。
その声がきっかけだったかのように、魔族は自分の腕を巨大な刃へと変化させる。
ほぼ同時に、私は走り出していた。
逃げるためではなく、戦うために。
戦うべき相手ではないのはわかっている。逃げるのが物語的にもゲーム的にも正解なのだろう。
いま私がしなくちゃいけないのは、魔族の出現を隣国に伝えることだ。戦いではない。
仮にここで私が死んだら、これからの展開が大きく変わってしまう。運営や、何より多くのプレイヤーに影響を与えてしまうに違いない。
だけど――。
私は地を踏みしめて跳躍した。
魔族に向けて、勢いよく跳び蹴りを繰り出す。
アバターが習得しているスキルではない。純粋なプレイヤースキルによる動作だ。
蹴りは、避けようともしない魔族の肩に命中した。
ベータテストで数々のモンスターを屠ってきた私の渾身の蹴りは、しかし魔族に1ダメージも与えることができなかった。
敵のHPゲージは無情にも不動で、足裏から伝わる感触は破壊不能なオブジェを蹴ったときと同じだった。
魔族の長い髪の一房がうごめき、刃へと姿を変える。
攻撃が来る!
私は蹴った反動を使って空中で身をよじり、トンボを切った。直後、鋭い刃が私の身体があった場所を通り過ぎていく。
着地した私は半身になり、魔族をにらみつけた。
予備動作こそあったが、あの攻撃の発生の速さは反則だ。
「え、エーデ様! なんて無茶を……」
ドーガンの声は若干裏返っていた。ほんと、反応が細かい。私の行動はよほど彼を驚かせたみたいだ。
「私も一緒に戦います」私は言った。
魔族に意識を向けつつも、素早く周囲の様子を探る。
左右は森。馬車の御者台は空。御者は魔族の出現に驚いて逃げだしたのだろう。
「戦う? いえ、その必要はありません。私が時間を稼ぎますから、エーデ様はお逃げください。幸い、馬は無事です」
なるほど、ここでムービーの展開に戻すつもりか。エーデは馬に乗って逃げるはずなのだ。
やっぱり、オープニングでエーデが魔族と戦闘をするのは非推奨のようだ。まあ、当然か。初期ステータスじゃあっさりやられるのが目に見えているものね。
しかし私は首を横に振った。
「いやです」
「なぜですか」
「ドーガンを、死なせたくないから」
紛うことなき私の本音だった。
一緒にいるのはゲーム開始からせいぜい5分程度だけど、すでに私は彼を血の通った人間のように感じていた。
AIはもちろん人間ではない。けど、同じように会話できるのなら、私はどうしたって感情移入してしまう。
「エーデ様……!」
一応空気を読んでいたのか、それまで動かなかった魔族が動いた。無造作に腕を振る。
腕がゴムみたいに伸び、先端の刃が私を狙う。さすがは魔族とも言うべき、トリッキーな攻撃だ。
私が動くより速く、ドーガンが私の前に飛び出した。
迫る刃を手にした長剣で打ち払う。レア装備なのか、光の粒子がきらめいた。きれいなエフェクトだ。
「馬にお乗りください。早く!」
ドーガンはそのまま魔族との戦闘に突入する。BGMが勇壮なものに切り替わった。
「――すっごいな」
ドーガンの剣捌きは尋常じゃなかった。思わず見入ってしまう。下手なアクション映画顔負けだ。
っと、見とれている場合じゃない。もたもたしていたら、たぶんゲーム上の都合でドーガンはやられてしまう。
私は「メニューオープン、スキル取得」と口にした。
メニューは指によるジェスチャーでも開けるが、緊急時は音声認識の方が確実だ。焦るとうまく開けないこともあるし。
オープニング中はメニューを開けないかも、という心配が頭をよぎったが、幸い杞憂に終わった。
視界の左端にスキル一覧が浮かび上がる。私は指でスクロールして、目当てのスキルを探す。
「あった。これ!」
魔力操作。魔力を様々なことに使うための基礎スキルだ。
魔法使い系鉄板のスキルだが、他のジョブでも取っておいて損はない。例えば剣士なら、魔法剣など応用が利く。
私はすぐさま取得しようとして――。
「うそ! なんでスキルポイントが1しかないの!?」
ベータテストではスキルポイントは3でスタートだった。製品版で変更されたのか、エーデだけ少ないのか。
魔力操作を取ったらスキルポイントは枯渇する。本当に取っていいのか。
メニューを開いている間でもゲーム内時間は止まらない。迷っている暇はなかった。
決めた。
現状を打開するために、魔力操作は絶対必要だ。
私はスキル名をタップし、「本当に取得しますか?」というシステムメッセージの下に浮かぶ「はい」に拳を勢いよく打ちつけた。
私の身体がぼんやりと光る。
これでよし。最低限の準備は整った。
私は魔力操作のチュートリアルをスキップし、構えを取って地面を強く踏みつけた。
正式なスキルとして取得はしていないのでなんの効果もないが、気分はアガる。
私の行動に気を取られたのか、ドーガンの注意が逸れた。その隙を突くように魔族が腕を振るう。
させるか。
前に飛び出した私は、迫り来る刃を弾き飛ばした。
素手で。
「……は?」
ドーガンと、気のせいか魔族も目を丸くする。
いいリアクション。うれしくなるね。
私は一気に踏み込むと、迎撃のために繰り出された斬撃を避けて魔族の顔面に拳をたたき込んだ。
確かな手応えが返ってきて、魔族がよろめく。HPゲージがわずかに減ったのが見えた。
大正解。ひとまず、第一関門突破だ。
私は一旦距離を取るために、ドーガンの近くに跳んだ。
「エーデ様、一体どうやって……」
「魔力を拳にこめたの。通常攻撃が一切効かない相手かもっていう読みが当たってよかった」
さっきの跳び蹴りで最低限のダメージすら与えられないのが妙だと思ったのだ。このゲームは、どんなに固い敵でも攻撃が当たれば最低1ダメージは確定する仕様だ。
イベント戦だからという可能性もあったが、だったら運営は私のアバター、エーデを動かせるようにはしないだろう。展開を変えたくないのなら、操作不能のムービーで済ませばいいからだ。
だとすれば、攻撃が効かない理由は一つ。
通常攻撃無効。
実体を持たないゴースト系やエレメント系なんかが持つ特性で、魔法や特別な武器、道具を使う、もしくは私がやったみたいに、魔力操作で通常攻撃を魔法攻撃扱いにしないとダメージを与えられない。
リアルでも幽霊(考えたくないけど、いるとしたら)には物理攻撃は効かなさそうだし、設定として納得はできるけど、戦いにくいことこの上ない。
ベータのときは使う機会なんてないだろうと魔力操作を取らないまま進めていて、後悔する戦闘があった。偶然遭遇したゴーストに手も足も出ず、逃げる羽目になったのだ。ホラーは苦手なので戦いたくはなかったのだけど、悔しいのに変わりはない。
とにかく、私が対峙している相手は通常攻撃無効の特性を持っていると見て間違いない。実体はあっても、魔族はやはり特別なのだろう。
「そうだったのですね。ですが、やはり危険です。お逃げください」
攻略の糸口は見つけたが、やっぱりドーガンは逃走推奨らしい。
でも、動けるということは、戦って、そして勝てる目があるはず。
「逃げるのは性に合わない」
「エーデ様!」
私は魔族を顎でしゃくる。
「見てよ、あいつのあの顔。一撃入れてやったっていうのに、完全にこっちを見下してる。いるんだよね。こっちが格下だとわかると舐めプしてくるやつ。その油断が命取りだっていうの、思い知らせてやろうよ」
「エーデ様……?」
お嬢様キャラの乱暴な言葉遣いは想定していなかったのか、ドーガンは困った顔になった。眉毛が八の字に見えてちょっとかわいい。
「それより、あなたのその剣、レア装備だよね」
「レア装備? 魔法の剣ではありますが。冒険者時代に遺跡で見つけた宝剣『ディザスタークラッシャー』です」
いかにも強そうな名前で頼もしい。いいね。第二関門突破だ。
「上等。勝ちに行くよ!」
私は吠えた。
魔族だろうがなんだろうが負けてたまるかと思う。
元々、私は格ゲープレイヤーだ。
そして、格ゲープレイヤーっていうのは、尋常じゃなく負けず嫌いなのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます