第51話 デートと練習
「
翌日の放課後、帰り支度を済ませた私が席を立とうとしたところで、
「練習って、なんの?」
「みんなで出かける練習」
平瀬さんは、教室の出入り口近くの目を向けた。
「もしかして、最上くんが昨日言ってたやつ?」
「そう」
「平瀬さん、行くの?」
人付き合いには興味がなさそうな平瀬さんだけど、やっぱり古址くんが気になるのかな。
「岩波さんが行くなら、行きたい。でも、私は友達と遊んだ経験があんまりないから」
私と同じだ。親近感を覚える。
「だから、練習?」
「うん」
平瀬さんはこくりとうなずいた。
「なるほど……」
平瀬さんが行きたいって言うのなら、私も行こうか。
しかし、友達と遊ぶための私の経験値は圧倒的に不足している。レベルで言うなら疑いようもなく1だ。
なので、平瀬さんと二人で出かけるのは、確かに練習になるかもしれない。
友達……友達か。
ん、待てよ。
「――友達?」
私と平瀬さんが? いいのかな。
「迷惑?」
「まさか! そんなわけないよ。むしろうれしい」
「そう言ってもらえると、私もうれしい」
平瀬さんは花が咲くような笑みを見せた。うお、なんて破壊力だ。同性の私でもくらっときたぞ。
平瀬さんの案内で、私たちは商店街の外れにあるカフェに入った。
店内は落ち着いた内装で、隠れ家的な雰囲気がある。
お客さんの数はあまり多くない。私たちの他に高校生はいないみたいだ。流れている音楽はクラシックだろうか。聞いたことはあるけど、曲名がわからない。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
私たちの前に円筒形のロボットがやってくる。簡易AIを搭載した給仕ロボだ。最近では、どこの飲食店もロボの接客が当たり前だ。
中には抵抗感を覚える人もいるらしいけど、私は別に気にならない。独特の愛嬌があってかわいいと思う。
「あそこに座ろうか」
平瀬さんはボックス席を指さした。
私が座ると、なぜか隣に平瀬さんが腰かける。
てっきり対面に座るものだと思ったんだけど、これも練習かな? 女子二人に男子二人だとたぶんこうなるだろうし。
にしても、ちょっと距離が近い気がする。なんだか緊張してきた。平瀬さんからはいい匂いがする。
「ご来店いただき、ありがとうございます。ご注文はタブレットで承ります」
さきほどのロボットがお冷やを持ってきてくれた。
「平瀬さん、ここにはよく来るの?」
私は注文用のタブレットを手に取ってメニューを確認する。パスタやサンドイッチといった軽食がメインみたいだ。
「ううん。初めて。ガイドブックで見て、よさそうだったから。ケーキセットがおいしいらしいよ。素材にこだわった手作りだって」
「そうなんだ」
地元のガイドブックなんて見たことがないな。
そもそも、飲食店の情報を収集しようとすら思わない。家族で外食するときも、お店選びは両親か弟に任せている。どのみち、私は多く食べられないから。
足りない栄養は、医師から処方されているこれでもかっていうくらい人体に必要な栄養を凝縮した高機能サプリで補えるから問題はないんだけど、いろんなものをたくさん食べてみたいという思いはある。FLOで私が好んで食べ物を食べているのは、だからなのだろう。
私は横目でお冷やを飲む平瀬さんの様子を伺う。
一年生のときから同じクラスだけど、私は平瀬さんをよく知らない。
休み時間はもっぱら本を読んでいること、お昼は教室でひとり手作りのお弁当を食べていること、勉強も運動も得意なこと、猫を飼っていること、お兄さんがいること――知っているのはそれくらいだ。
あと、古址くんのことが気になっている、のかも。
「岩波さん、何か私に手伝えることはある?」
平瀬さんが不意にこちらを見た。目が合って、わけもなくどきりとしてしまう。間近で見ると、平瀬さんの美少女ぶりはさらに際立つ。
「どうしたの急に」
「今日は朝から浮かない顔をしてるから、悩んでいるのかなって」
「そう?」
自分ではポーカーフェイスが得意だと私は思っている。体調が悪いときに誰かに気づかれたくないから、練習したんだ。我ながら、野生動物みたいだと思わなくもない。
「昨日言ってた、弟さんの演説の件?」
ああ、そう考えるよね。
「あれはもう大丈夫。解決しそう。弟、なんとかなるだろうって言ってたし」
実際、原稿はできている。いまは推敲に苦労している最中だ。
文章生成AIに添削を頼むという手もなくはないが、それは違うと思う。やっぱり自分の言葉で話したい。
とにかく完成させて、本番ではゲーム内のメモ機能を使って読み上げればいいだろう。
「だったら、いいんだけど」
しかし、ダメだな、私。顔に出てたのかな。ゲームではトーラスさん、リアルでは平瀬さんに心配させてしまった。
「お待たせしました」
と、ロボットがケーキセットを持ってきてくれた。
ロボットはアームを伸ばし、頭に乗せたお盆をつかんで器用にテーブルに置く。
「それでは、ごゆっくり」
ディスプレイに笑顔マークを表示させ、ロボットは去っていった。おっきな茶筒みたいな外見で、見るからに機械的なんだけど、そういうことをすると生物っぽいなと思ってしまう。
「じゃあ、食べよっか」
「そうだね」
私はイチゴのショートケーキと紅茶。平瀬さんはチョコレートケーキとコーヒーだ。どっちもおいしそう。
それきり会話はなんとなく途切れて、私たちは無言のままケーキセットを平らげた。
お会計を済ませて、店の外に出る。
「岩波さん」
歩き出してしばらくして、平瀬さんが口を開いた。ひどく真剣な顔つきだった。一体何事だろう。
「な、なに?」
「私の頼んだチョコレートケーキとコーヒー、物足りない味だったんだけど、岩波さんのはどうだった?」
「――」
これは、どう答えればいいのだろう。平瀬さんがせっかくガイドブックで調べてくれたお店なのに。
「上品な味だったよ」
私は言った。
「薄味だったってこと?」
身も蓋もない返しだった。
「……そうとも言う、かも」
「そっかぁ」と平瀬さんは苦笑して、「もうちょっと濃いめの味の方がよかったかな」
「でも、身体にはよさそうだった。なんか、オーガニック的な?」
「あ、それはわかる。自然の力って感じ」
「どっちもふわっとした感想だね」
それから、目を合わせて二人で笑う。
「平瀬さん、ありがとう」
「なにが?」
「私の身体、気にしてくれたんでしょ」
すると、平瀬さんの顔がたちまち赤くなった。
「あ、いや、別に、そういうつもりじゃ」
やっぱり、かわいいな。
「うれしかったよ」
「……う、うん。それなら、よかった、かな」
一旦目をそらした平瀬さんだったが、再び私と目を合わせた。
「岩波さん。これから、カラオケに行ってみない?」
赤面したまま、平瀬さんはそんな提案をした。
「私、行ったことないんだけど」
人前で歌うなんて、音楽の時間以外に経験はない。カラオケの個室って、きっと教室よりも狭いよね。しかも平瀬さんの前で歌うなんて、照れくさくて無理だろうと思ってしまう。
「じゃあ、練習だね。私もないから」
平瀬さんはそう言うと、私の手を取った。
「きっと、大声で歌ったら不安も吹き飛ぶよ」
「あ……」
そのとき、私はようやく気づいた。
ケーキだけじゃなかった。
練習とは口実で、今回の「デート」は、平瀬さんが私を元気づけようと提案してくれたのだと。
「――そうだね」
私はこくりとうなずいた。
「行ってみたい」
「うん。じゃあ、行こう」
その日、私の平瀬さん情報が更新された。個性的な歌を歌うこと――そして、とても思いやりがあるひとだということ。
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