第52話 添削の時間

 夜、FLOにログインすると、メールが届いていた。イシダさんからだ。何か力になれることはありますか、という内容だった。

 冒険者ギルドからのお知らせを読んで気にしてくれたのだろう。

 リアルでもゲームでも、私を気にかけてくれる人がいて、ありがたいと思う。

 ひとまず大丈夫です、と返信しようとして、指を止める。せっかくだから、原稿について相談してみようか。

 私は素直に演説の原稿で悩んでいるということをメールに書いてみた。ほどなくして、返事が来た。紹介したい人がいるが、私の正体を言ってもいいかという内容だった。

 イシダさんの紹介なら信用できる。私はすぐに問題ないですとメールを送った。


 いつものようにトーラスさんと合流したあと、私たちはイシダさん指定の路地裏のカフェに向かう。今日はよくカフェに行く日だ。

「こっちです」

 しゃれた感じのお店に入ると、奥の席に座っていたイシダさんが手を振った。その向かいには獣人のアバターが座っている。見覚えがある背中だった。というか、頭上に名前が出ている。

 私たちが近づくと、獣人はこちらに顔を向けた。

「アルバートさん」

「まさか、こんな形で再会するなんてな」

 アルバートさんは苦笑する。

「びっくりしましたよ。紹介しようとしたお二人がすでに知り合いだって聞いて」とイシダさんは言った。

 イシダさんの紹介したい人って、アルバートさんだったのか。

「ええ。前に、クエスト進行のためのアドバイスをもらったんです」私は言った。

「あれはアドバイスっていうか……まあ、役に立ったのならよかったよ」

「そうだったんですね。ささ、どうぞ」

 イシダさんはさりげなくアルバートさんの隣に席を移動する。

 こういうさりげない気遣いができるって、大人っぽいなぁ。

 私にしろトーラスさんにしろ、よく知らないアルバートさんの隣に座るのは緊張するものね。向こうだって気を遣うだろうし。

 私とトーラスさんはお礼を言って、並んで腰を落ち着ける。

「アルバートさんは、リアルではプロのライターなんですよ。あ、もちろん、言っていいって許可はもらってますよ」イシダさんが言った。

 オンラインゲームに限らず、ネットの世界ではリアルの詮索は御法度というのが基本的なマナーだ。

「え、すごいですね」

 トーラスさんが反応する。トーラスさん、本とか好きだものね。

「たいしたもんじゃないよ。どうにか食いつないでいるだけで」

 アルバートさんは照れたように笑った。

「で、エーデは演説のための原稿に苦労してるんだって?」

「はい。一応書けたんですが、これでいいのか自信が持てなくて。AIに添削してもらうのもなんだかなって感じですし」

「早速、読ませてもらってもいいかな」

 イシダさんが私をアルバートさんに紹介しようとしてくれたわけがわかった。

 プロの目線で文章を読んでもらうためだ。

「……ど、どうぞ」

 私はメモ機能を開くと、アルバートさんに原稿を見せた。アルバートさんは無言で目を走らせる。

 うう、緊張するなあ。テストが返ってくる前の、ひりつく瞬間みたいだ。

「いいね。簡潔にまとまってる。エーデは文章を書くのが得意なのか?」

「いえ、特には。普段あんまり書く機会なんてありませんし」

「そっか。特に大きく直すところもないと思うけど、強いて言えばここの言葉遣いをこう変えたり、あとはもっとこの辺を具体的に――」

 

 それから小一時間が経過した。

「どうですか?」

 大きく直すところはないとアルバートさんは言っていたけど、けっこうな修正が入った。

「うん。最終稿でいいんじゃないかな」

 手直しした原稿を読んだアルバートさんは、そう言ってうなずいた。

「――おお、やった。ありがとうございます」

 プロの物書きの指摘はさすがだ。私の原稿はぐっとわかりやすくなった。

「本番ではメモを見ずに演説できたらみんなの心もつかめると思うんですが、どうですか」

 イシダさんの提案に、私は苦笑を返す。

「いや、それはさすがにきついですって」

 大統領なんかが身振り手振りを交えてやってるけど、自分にできるとは思えない。頭が真っ白になって言葉が出てこなくなるのがオチだろう。

「でも、かっこいいだろうね」

「トーラスさんまでそういうことを言う」

「ごめん。実際に演説するのはユーリさんなのに」

「……いや、できるなら、私もやってみたいけどね」

 聴きに来てくれているみんなの顔を見ながら話した方が、誠実だとは思う。

「よし。俺はそろそろ行くよ」

 アルバートさんが席を立った。私も席を立って頭を下げる。

「アルバートさん、ありがとうございました。教え方、とてもわかりやすかったです」

「そりゃよかった。じゃあな、演説、期待してる」とアルバートさんは笑みを浮かべ、お店を出て行く。

 本番では醜態をさらさないようにしなきゃな。

「イシダさんも、ありがとうございます。アルバートさんを紹介してくれて」

「いえいえ。写真仲間の繋がりでたまたま知り合いだっただけです。アルバートさんはめっちゃ交友範囲が広いんですよ」

「そうなんですね」

「さて、それじゃ私もここらで失礼します。――エーデさん、あまり気負わずに」

 イシダさんはそう言って、お店を出ていった。

 気負わずに、か。そうだね。その通りだ。

 残った私とトーラスさんは、そのまま並んで腰かける。

「トーラスさんも、付き合ってくれてありがとう」

「気にしないで。この件に関して、僕はほとんど役に立てないから」

「そんなことないよ。一人じゃないっていうのは、心強い」

「だったら、よかった」

「――にしても、ありがたいね。みんな、気にかけてくれて」

「それは、ユーリさんが一生懸命だからだよ」

「そう?」

「うん。一生懸命ゲームに向き合っているから、みんな協力したいと思うんじゃないかな」

「……!」

 胸が詰まった。

 人によっては、たかがゲームと思うかもしれない。

 ゲームに真剣になるなんて時間の無駄だと思う人も、きっといる。その考えは否定しない。

 ゲームは娯楽で、生存に必要不可欠なものではない。

 けど、私にとっては何物にも代えがたい、貴重な人生体験なのだ。

 普通に生きていたら決して体験できない出来事を、フルダイブのゲームは与えてくれるのだから。

 トーラスさんの発言は、私のゲームに対する姿勢を肯定してくれるものだった。

「――ありがとう」

 思ったことをすべては口にできなくて、結局私はそんな一言で総括した。

「どういたしまして」

 トーラスさんは、ライトステップの無邪気な笑顔でにこりと笑った。

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