第50話 覚悟とジェラート
その夜、FLOにログインすると、運営からメールが届いていた。
いつものように宿屋の一室で開いた私は「おお」と声を上げる。
期間限定イベントのお知らせだ。オンラインRPGの醍醐味だね。季節に合わせたものが多いって聞くけど、今回のはどんなんだろ。楽しみだな。
タイトルは『
私はざっと説明を確認した。
いくつかのダンジョンの奥にさらなる強敵が出現したとのことで、調査と討伐を冒険者に依頼する、というものだった。
依頼人は交易都市シューレのフルーメさんだ。
どうやら私たちが探索した枯れ遺跡以外のダンジョンにも、ミノタウロスみたいな追加のボスモンスターが出るようになるらしい。
報酬は魔法の武器と太っ腹だ。魔法の武器はなかなか手に入らないので、みんな張り切るに違いない。
私もレベリング目的で参加しようかなと思いつつ、宿を出て広場を目指す。
途中、何人かのプレイヤーの視線を感じた。私たちがギルドの応接室に入っていくのを目撃していた人かもしれない。
まだ広まってないけど、私がエーデだと判明するのも時間の問題だろう。今度の演説が決定的なものとなる。
大舞台に立ち、大勢のプレイヤーの前で自分の考えを話す。
やっぱり、想像するだけで身がすくみそうになる。
やるとは決めたが、本当に、覚悟はできているのか。
それが何を意味するのか、私はわかっているのか。
足を止めた私はふと手を見る。かすかに震えているように見えたのは、気のせいだろうか。
広場のベンチにはすでにトーラスさんが腰かけていた。挨拶を交わして、私は「運営からのメール、読んだ?」と尋ねる。
「うん。あれ、たぶんメインクエストに合わせてのことだろうね」
「そうなの?」
「魔族って、魔法や魔力操作以外だと魔法の武器じゃないとダメージ与えられないんだよね。だからじゃないかな」
「あ、そっか!」
言われて気づいた。いざ神聖トリューマ国へ、となっても、武器がないと魔族との戦闘もままならない。
魔法使いはともかく、武器を使うプレイヤーは楽しくないだろう。魔力操作にも限界がある。武器に魔力の付与はできるけど、MPが切れたらそれまでだ。
「運営は、なるべく多くの人にメインクエストを楽しんでほしいんだろうね」
トーラスさんが何気なく言った言葉は、私の胃の腑にズドンと落ちた。
「……責任重大だなあ」
私は力なく笑う。
「難しく考えなくていいと思うよ。ユーリさんが常々思っていることを伝えればいいんじゃないかな。ゲームは楽しくあるべきっていうの」
「そうだね」
「演説会っていっても大げさなものじゃなくて、きっとプレイヤーたちの顔合わせみたいなものだよ。これからみんなでメインクエストに挑みましょうっていうね。ユーリさんの役割は、なんていうか、学級委員長、とか?」
「なるほど……」
トーラスさんのおかげで少し気が楽になった。前向きに考えよう。
たとえ演説がうまくいかなくても、メインクエストを遊びたいというプレイヤーは多いはずだ。私が下手な話をしたら興は削がれるかもしれないけど、みんなのモチベーションにはさほど影響しないと思う。
校長先生の話だってほとんど聞いている人はいないし、同じようなものだ。たぶん。
そう考えると元気が出てきた。私は手を打ち鳴らす。
「よし。それじゃあ、今日はどうしようか。シューレまで行ってフルーメさんに話を聞いてみる? あ、まだイベントが始まってないから何も話してくれないかな。だったら、またキノコ狩りもいいかも。レベリングはしておきたいし」
「――ユーリさん。なんだか無理してない?」
「え? いや、ぜんぜん。絶好調だよ」
本当だ。何も問題はない。
「そう? なら、いいんだけど」
どうやら、心配させてしまったみたいだ。私はトーラスさんを安心させるために口角を上げる。
「そしたら、どっかにおいしいものでも食べに行こうか。戦闘はなしで」
「いいね。あ、僕、ガイドブックを買ったんだ。『オルグド食い倒れツアー』っていうの」
トーラスさんはインベントリから一冊の本を取り出した。いろんな種族が手にどんぶりやら串やらを持っている表紙だ。
「そんなのあるの?」
「うん。本屋で売ってた」
本屋は何度か覗いているけど、全然気づかなかった。FLOにはお遊びアイテムが多数存在している。そのうちの一つなのだろう。
「私、アイスとかジェラートが食べたいな。パフェでもいい」
「それなら、おいしいって評判のジェラートショップがあるよ。季節で商品が変わるんだって。オーナーは元魔法使いで、氷魔法を応用して作ってるみたい」
フェリセティアの季節は現実世界とリンクしている。いまは初夏なので、そろそろさくらんぼが出てくる時期だ。
にしても、氷魔法ってジェラート作りにも応用できるのか。
「いいね、どこ?」
トーラスさんはページをパラパラとめくった。まるで本物の雑誌みたいだ。どれだけ作り込んでいるんだと思う。
「南の僻地だね。王都からだと遠いなあ」
私は隣から雑誌を覗き込んだ。確かにけっこうな距離がある。
「アイネに乗っていこうよ」
「食べ歩きに行くのに、乗せてもらってもいいのかな」
「いいよ。アイネにもわけてあげるから。ね、アイネ」
私は腕輪に声をかける。
「構わないよ。あたしもお相伴にあずかろうかね」
そういうわけで、その後はジェラートショップに行き、みんなでジェラートを食べて今日のFLOは終わった。
ログインして戦闘をしなかったのは初めてかもしれない。たまには、穏やかなのもいいかもね。
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