第39話 踊る魔王戦①

「では、いいかな?」

 腕組みをしていたデストルークがボクサーのような構えを取る。

 場の空気が一変した。ひりつくような緊張感が満ちる。

「いつでもどうぞ」私は言った。

 デストルークが前に重心を移した。次の瞬間、正面にものすごい圧力が迫る。

 私はとっさに首を左に傾けた。ほっぺたすれすれをデストルークの拳が通り過ぎていく。

 かわしざま、私は右の拳をデストルークの鳩尾みぞおちに叩き込んだ。カウンター気味に入ったが、固い石を殴ったような感触しかなかった。

 相手のHPゲージは微動だにしない。ノーダメージか。やはり、通常攻撃は通らない。魔族の特性と見ていいだろう。

 私は飛び退いて距離を取る。

 デストルークの攻撃は速くて重い。さっきの拳も、もらっていたら大ダメージ間違いなしだろう。

 一方、魔法の武器を持っていない私がデストルークにダメージを与えるには魔力操作しかない。

 けれど、いまのMPは最大値の約半分。使いどころを間違えたら詰む。

 攻撃パターンを見極め、ここぞというところで的確に効果的な攻撃を叩き込んでいくのが勝ち筋か。

「驚いたな」

 追撃に備えて身構えていたが、デストルークはその場から動かなかった。うれしそうに、私が殴った鳩尾をさする。

「俺の初撃を躱しただけではなく、一撃まで入れるとは。――しかし、惜しい」

 デストルークは私の拳、装備している鋼鉄の手甲を指さす。

「その武器では、俺には届かない。他の武器を持っていないのか?」

「持ってたら最初から使ってる。こちとら加減してる余裕はないの」

「ふむ。それもそうだな」

 私が言うと、デストルークは腰の後ろを何やらごそごそと漁った。

「エーデルシュタイン、これを使うといい」

 そうしてデストルークが私に向かって放ったのは、銀色に輝く手甲だった。私は反射的につかみ取る。

「――?」

 一体どういうつもりなのかわからず、私は首をかしげた。

「昔、俺が倒した人間の勇士が使っていたのだ。強かったぞ」

「……その武器を、どうして私に?」

「せっかくの技量が、装備のせいで存分に発揮されないのはもったいない。それに、俺にはこれがある」

 デストルークはごつい手甲を装着している自身の拳を掲げた。

 なめられているわけではなさそうだ。純粋に戦いを楽しみたいのだろう。

 私はつかみ取った武器の確認をする。

『真銀の手甲』か。

 魔法の武器で攻撃力も高い。これなら魔族にも攻撃が通る。拳はもちろん、蹴りや体当たりでも問題ない。魔法の武器を装備していれば、どの攻撃でも魔法攻撃扱いになるからだ。

 バグではなく、仕様だと思う。じゃないと、たとえば足技主体のプレイヤーが困ってしまうだろう。FLOには足に装備する武器は今のところないからね。

「だったら、遠慮なく」

 私は手甲を両手に装着した。

「うん。いいぞ。俺を楽しませてくれ」

 デストルークは満足そうにうなずいた。本当に戦いが好きなんだな。

「後悔しても知らないからね」

 言うなり、今度は私から突っ込んだ。左のパンチと見せかけて右のローキックを放つ。

 デストルークは足を軽く上げてローを受ける。反応がいい。ならば――。

 私は軽くジャブを打ち、牽制しつつ中段回し蹴りの姿勢を取った。素早く反応したデストルークが、蹴りの軌道を予測して腕でガードする素振りを見せた。

 かかった!

 私は蹴りの軌道を変化させ、頭部目がけて足刀を打ち込んだ。

「……っぐ!?」

 予想外の変化だったようで、私の蹴りはデストルークのこめかみにクリーンヒットした。

 よろめいたところに右ストレートをお見舞いする。顔面に直撃して、HPゲージが目に見える形で減った。武器の攻撃力が高いのがありがたい。

 さらに追撃しようとしたが、立ち直ったデストルークが竜巻のような蹴りを放ってきた。

「……っつ!」

 とっさに両手を交差させて防ぐが、HPがかなり削られた。防御したのにかなりの威力だ。さっきのミノタウロスを余裕で超えている。

「変わった蹴りだな。面白い」

 頭を軽く振って、デストルークは不敵に笑う。

「でしょ?」

 私がいま使ったのは、反応がいい相手ほど引っかかりやすい蹴り技だ。アンファイでもお世話になった。習得は難しかったけど、動画を見てひたすら練習した甲斐はあった。

「だが、二度は喰らわんぞ」

 デストルークが構えを変えた。今度はゆったりとした、拳法のような構えだ。

 私は左足を前に出す。足の動きに神経を使いながら左腕を伸ばし、掌底しょうていでデストルークの顎を狙う。

 腕を上げたデストルークは、私の手首を押しのけるようにして攻撃を逸らした。お返しとばかりに顔面狙いの拳が飛んでくる。

 身を逸らして躱した私は残しておいた右足を前に出して膝を上げる。足の親指の付け根を意識しつつ、前蹴りでデストルークの鳩尾を狙った。これも受け流される。

 捌きとかいなしとか呼ばれる技術だ。

 細心の注意を払いつつ、コンビネーションや他の打撃も試してみたが、いずれも決定打を与えるには至らない。それどころか細かい反撃を受け、こちらのHPは気づけば半分を切っていた。

 開発がアンファイで培った技術を惜しみなく投入しているようで、デストルークのAIは格闘戦に特化している。パターンを読んで対策するどころか、こちらが対策されている。まるで人間の格ゲートッププレイヤーと戦っているみたいだ。

 ふと思う。

 あの人と、どっちが強いだろう。

 アンファイ全国大会の決勝戦という、目もくらむような大舞台で戦ったあの人は、間違いなく最強の存在だった。

 全身全霊をかけて戦ったあの試合は、本当に――。

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