第38話 デスエンカ
遺跡の外に出ると、夕方になっていた。
FLOの中では、リアルの二時間で一日が経過する。でもって、特定の時間にだけ進められるクエストがあったり、出現時間が限られているモンスターがいたりする。
ホラー系のクエストは夜じゃないと進行しないとかね。
なので、ホラーに対するお約束の突っ込み、「朝に行けばいいじゃん」が通じない。
帰ろうと歩き出したところで、先頭のイシダさんが「ん?」と首をかしげた。
「どうしました?」
「いや、なんか、ここから先に進めないんですよ。透明な壁があるような感じで」
そう言って、イシダさんは前方を拳で叩く。
隣に並んだ私とトーラスさんは、前に手を伸ばした。
「本当だ」
「進めないね」
端から見るとパントマイムだが、実際には見えない壁みたいな感触があるのだ。
「こっちもか」
周辺を調べていたイシダさんが言う。
「これじゃフィールドに出ることができませんね」
「バグでしょうか。運営に確認した方がいいかな」
「ユーリ、気をつけな。いやな気配がする」
問い合わせのためにメニューを開こうとしたら、いつになく真剣な声でアイネが言った。私は振り向く。
「いやな気配って?」
私は『気配察知』のスキルを持っているが、周辺にモンスターの気配はない。
「決まってるだろう」
アイネは鼻を鳴らす。
「魔族さ」
アイネがにらみつけた方向の空間が、奇妙に歪んだ。
「鼻がきくなぁ。さすがは神獣だ」
その歪みから、行きつけの食堂ののれんをくぐるような気軽さで現れたのは、短髪の男性の姿をした魔族だった。
「うそ……なんでここに魔族が……」
一目で魔族だとわかったのは、オープニングで私が戦ったあの魔族と雰囲気が同じだったからだ。
しかし、迫力は今回の魔族の方が数倍上だ。
野性味溢れる顔に、紫色の肌、動きやすそうな胴衣を身につけている。身長は2メートルくらいか。筋肉質で、両手に黒い手甲を装着している。
名前は不明だが頭上にレベルが見えた。
「――レベル70」
私は思わずつばを飲み込んだ。私の倍以上ある。
それでも――。
固まっているトーラスさんとイシダさんを守るように、私は一歩前に出た。アイネも続く。
「封神の腕輪を着けているってことは、ラスールと戦ったのはきみか」
紫の魔族は私の左腕に目を留めて言った。
「彼女、武器も持たない人間にやられたって悔しがっていたよ。腕輪も取られたって」
話し振りからして、ラスールというのは私がオープニングで戦った魔族のことだろう。
「あの魔族を倒せたのはドーガンのおかげだよ」
「ドーガン? ああ、あの老騎士か。うん、彼も強いらしいね。俺も戦ってみたいよ」
そう言って、魔族は笑った。邪気のない、爽やかさすら感じる笑みだった。
なんなんだ、こいつ。憎悪剥き出しだったらまだわかりやすいのに、かえって不気味だ。
「――で、あなたは仲間の仕返しに来たの? それとも腕輪を取り返しに?」
「どっちでもない。俺はきみに興味がある。一度手合わせを願いたくてな。主からは始末しろと仰せつかってはいるがね」
「主?」
「おっと、喋りすぎたな。あとで怒られてしまう」
魔族は困ったように後ろ頭をかく。それから、何でもないことのようにこう言った。
「俺の名はデストルーク。
私たちは揃って絶句する。
――魔王。
その名の通り、魔族たちの親玉だろう。レベル70も納得だ。
ラスボスクラス間違いなしの存在が、このゲームにはどうやら四体もいるらしい。
にしても、直接攻めてくるとは意表を突かれた。突撃は部下任せで、ボスは拠点で待ち構えているものじゃないのか。近所のコンビニに行くようなノリで現れていい相手ではない。
しかし、主ってことは、上にまだ誰かいるのか?
「これから戦う相手の名を知りたい。銀の髪の少女よ。きみの名も教えてくれないか」
デストルークが言った。
やる気満々だ。戦闘は避けられないらしい。
まさかここでレベル70の強敵と戦うことになるとは。
――だからどうした。
私は拳を握る。レベル差なんて知ったことか。
「エーデルシュタイン・クライノート。あなたたち魔族が攻め込んだ、神聖トリューマ国貴族の生き残りだ」
隠し立てする必要もない。私は本名を名乗った。
「エーデ!? ユーリさんが?」
後ろでイシダさんの驚いたような声がした。
「ごめん、イシダさん。あとで全部説明します」
首だけ振り向いて、私は言った。巻き込んでしまって、申し訳なく思う。
「それではエーデルシュタイン。俺は、きみとの一騎打ちを所望する」
前に向き直った私に、デストルークは言った。
願ったり叶ったりの申し出だった。私の方から言い出そうと思っていたのだ。
「いいよ。受けて立つ」
「無茶だ! そいつ、レベルが70もあるんだよ?」
背後から、トーラスさんの悲痛な声が聞こえた。
無茶、か。
確かに、端から見たらそうだろうね。
でもね、トーラスさん。これ以上の無茶を、私はいままでずっとしてきたんだ。
アンファイで、勝てっこないだろうっていう強敵に私は勝ってきた。何度も何度も負けたけど、練習して、諦めないで食らいついていたら、いつしか勝てるようになったんだ。
もっとも、今回は一発勝負だけど。
私はトーラスさんの声には応えず、前を見たまま言った。
「一つ、約束して。私の仲間には手を出さないって」
私が一騎打ちにこだわるのには理由がある。
デストルークは封神の腕輪を認識していた。私がオープニングでラスールと戦ったことにより、この場にデストルークが出現するフラグが立った可能性がある。
ならば、デストルークを呼び込んだのは私の責任だ。
ゆえに、トーラスさんやイシダさんがやられてデスペナルティを被るのはなんとしても避けなくてはいけない。いくら二人が生き返れるとしても。
「いいだろう。仮に俺が勝っても、きみの仲間には指一本触れないと約束する。腕輪も持ち帰ったりはしない」
仮に、か。油断する気はないようだ。
ともかく、一応三人の安全は確保できたと思っていいだろう。完全に信用することはできないけど、デストルークは約束を違えるような魔族には見えない。
「待って」
トーラスさんが私の隣に並んだ。
「トーラスさん?」
「確かにいまの僕じゃどうやってもあいつには勝てない。一緒に戦ってもユーリさんの足を引っ張るだけだ」
「そんなことないよ。一騎打ちは私のわがままでもあるんだから」
首を横に振り、トーラスさんは柔らかく微笑んだ。
「せめて、補助魔法くらいはかけさせてくれないかな。――いいよね、デストルーク」
一転、今度はデストルークをにらみつける。魔王を前にまるでひるんでない。すごい胆力だ。
デストルークは
「好きにするといい」
「ありがとう」
「礼には及ばない」
「我が魔力、身を守る盾となれ。――プロテクトシールド!」
トーラスさんが私に防御力が上がる補助魔法をかけてくれる。
「ありがとう、トーラスさん」
「ユーリさん、どうか無事で」
「お手並み拝見と行こうか。勝ちなよ、ユーリ」
「――任せてよ」
トーラスさんとアイネが後ろに下がる。
レベルだけ見れば私の勝ち目は薄い。けど、どうにかしてみせる。
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