第40話 踊る魔王戦②

「笑っているのか?」

 デストルークがいぶかしげに言った。

 知らず、口角が上がっていたようだ。

「――失礼」

 私は口元を引き締める。

「きみは、俺と似ている」

「どこが? 私、あなたほどマッチョじゃないよ」

「そういう意味じゃない。わかっていて言ってるな」

「……」

「好きなんだろう。戦うことが」

「……そうかな」

 身体を動かすことが好きなのは間違いないが、戦いはどうだろうか。

「そうだとも。決して尽きぬ闘争心は相手が強いほど燃え上がる。よくわかるよ」

「人を戦闘狂みたいに言わないでくれる?」

 口ではそう言ったけど、デストルークの指摘は当たっているかもしれないとも思う。

 身につけた技を存分に駆使してもなお勝つことが難しい強敵との戦闘は、確かに楽しいのかもしれない。

「俺にとって、戦闘は自己表現の一種だ。きみはどうなんだ?」

「私は――」

 考えたこともなかった。

 私の戦闘は、身体を動かすことの延長線上にあるものだった。

 自由自在に動く身体で思い切り戦う。それだけで十分満足していて、戦闘自体に意味は求めていないと思っていた。

 だけど、だったら、自分でもどうかしていると感じるくらい技の練習をしたのはどうしてか。

 負けた試合のリプレイを何度も再生して、自分の立ち回りを研究したのはどうしてか。

 格闘技の動画を貪欲に観たり本を読み込んだり映画やアニメの戦闘シーンを飽きることなくリピートしたのはどうしてか。

 決まってる。

 強くなりたいと願ったからだ。

 じゃあ、強くなりたい理由は?

 

 ――ああ、そうか。そういうこと。

 

 私は、頭に浮かんだ答えを口にした

「――勝てば震えるほど気持ちいいし、負ければ死ぬほど悔しい。私は、自分の強さを証明したいのかも」

 至ってシンプルな、それが私の答えだった。現実の薄弱な自分ではどうしたって持つことのできない強さが、私は欲しかったのだと思う。

「やはり、きみは俺と似ている」

「だから、どこが?」

「俺は弱い自分が嫌いだった。だから強くなるしかなかった」

「私には強迫観念はなかったけどね」

「それは結構」

 構えを変えたデストルークが間合いを詰めてきた。矢継ぎ早に突きや蹴りを連打してくる。

 怒濤どとうの攻めだが、いなし狙いで待たれるより打撃で来てくれた方が対処しやすい。

 私はデストルークの攻撃を防ぎ、あるいは受け流しつつ、合間に反撃していく。攻防はめまぐるしく入れ替わり、いつしか思考は白く染まっていく。

 歯車が合う、とでも言うのだろうか。がっちりと、お互いの技術が噛み合っていた。

 もっともっと戦っていたい。心地よいこの空間から抜け出したくない。

 しかし――。

「ユーリさん! HPが!」

 トーラスさんの声で、はっと我に返った。気づけば視界が赤く染まっている。HP低下の警告だ。

 私の攻撃は着実にデストルークのHPを削っていたが、それ以上に私のHPが削られていた。だけど、回復アイテムを使っている暇なんてない。どうする――?

 私の焦りを見透かしたように、デストルークは攻撃の手を止めた。

「回復するといい。俺は魔族の男で、きみは人間の女。体力の差は、いかんともしがたいだろう」

「人のことを気遣うなんて、ずいぶんと余裕なんだね」

「余裕なんてあるものか。俺はずっと全力だ」

「だったら、私も回復なんてしなくていい」

「なぜ?」

「不公平でしょ? こっちだけ回復するなんて」

「――そうか」

 デストルークはうれしそうに笑った。

 もう、長くはもたない。お互いに。

 私は呼吸を整えると、残っていたMPをすべて魔力操作で拳に注ぎ込んだ。真銀の手甲が青白く輝く。

 この一撃で決める。

 私の覚悟を察したのか、デストルークは迎撃の構えを取った。さきほどの、いなし中心の構えだ。

 だったら――。

 私は小細工なしに、地面を蹴って一気にデストルークの懐に飛び込んだ。左のジャブを放つ。腕が絡め取られる。この際、左手はくれてやる。

 鈍い音がして、左腕が使用不能になったというメッセージが視界の端に表示された。折れたか。

 けど、これでいい。

 現実だったら痛みでまともに動けないはずだけど、これはゲームで、私のHPはまだ残っている!

 私は頭を振りかぶり、デストルークの鼻っ柱に思い切り頭突きを喰らわせた。

「ぐあっ……!」

 うめいたデストルークが私の腕を離す。

 勝機ッ!

 私は踏み込みつつ渾身の右ストレートを放った。

「っ……!」

 私の拳は、デストルークの顎に直撃した。

 

 ――クリティカルヒット。

 

 小気味いいSEと共に、たたらを踏んだデストルークのHPが大幅に減る。残りはほんのわずかだ。

 これで終わらせる。

 上段蹴りで締めようと構えを取った瞬間、背筋を悪寒が走った。

 理由不明の恐怖に駆られ、私はとっさに距離を取ってしまう。

 うつむいたデストルークの身体から、青白い炎のようなものが立ち上っていた。

 大技の予兆か? 

 なんにせよ、発動する前に倒してしまえばいい。あと一撃で倒せるんだ。守るよりも攻める。

 迷ったのは一瞬、私は地面を蹴って、得意の跳び蹴りを放とうとした。

 瞬間、デストルークの姿がかき消えた。

 殺意の塊としか形容できないものが迫る。認識できているのに、避けることも防ぐこともできない。

 

 ああ、どうしようもなく――。

 

 ――この身体では、遅すぎる。

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