第41話 踊る魔王戦、決着
どん、という衝撃が身体を突き抜けた。
「――!」
私の眼前に、デストルークの姿があった。
デストルークは、私に向けて手を伸ばしていた。そして、その手は、私のお腹を貫通していた。
「反応はできても、身体がついてこなかったようだな」
残っていた私のHPゲージが一気に減る。
デストルークが手を引き抜いた。私の意志とは関係なく、アバターが膝をつく。立ち上がろうと思っても、力が入らない。
状態異常ではない。お腹を貫かれたのだ。立てない理由は一つしかなかった。
すなわち、戦闘不能――。
「俺にこの技能を使わせたのは、人間ではきみが初めてだ。誇るといい」
一歩下がったデストルークが言う。
そんなの、何の慰めにもならなかった。
私は負けたのか? これで終わり? エーデが消えちゃうの?
いやだよ。まだ、やりたいことがたくさんあるのに。
アイネを解放するって約束したし、トーラスさんとももっと冒険したい。
仮にアバターを作り直したって、それはもうエーデじゃない。
諦めたくない。けど、どうすれば。
「ユーリさんッ!」
トーラスさんの悲痛な声が響きわたった。
「……そんな、どうして」
イシダさんの声も聞こえる。
振り返って、だいじょうぶだよと言いたかった。でも、できなかった。首すら動かせない。
残酷表現はないFLOだからお腹から血が流れたりはしていないけど、デストルークの一撃で致命傷を負ったのは明らかだった。
不思議と冷静になっていく。
なぜか、ロストに対する恐怖はなかった。
あるのはただ、勝利への渇望だった。
あと少しだったのに。
もう少しで、勝てたのに。
せめて、消えるその瞬間までデストルークからは目をそらさないでおこうと決めた。
けど、数秒待っても強制ログアウトされる気配がない。
「ユーリ。あんた、その身体……」
アイネの声に、自分の身体を見下ろす。
私の身体は、デストルークと同じように、青白い炎に包まれていた。
「な、なにこれ?」
私の疑問に答えるように、システムメッセージが表示される。
『スキル「
「『死火流転』……?」
知らないスキルだ。
もしかして、エーデが最初から持ってた『????』のこと? でもこのスキル、どういう効果なの? 私、確かにやられたよね? 生きてるのって、スキルのおかげ?
「そうか。きみも、
頭の中は疑問符だらけだというのに、デストルークがさらに私を混乱させるようなことを言った。
「ならば、確実にここで仕留める!」
デストルークが放ったかかと落としを、私はとっさに横転して
動かなかったはずの身体が動く。
よし、それなら!
ブレイクダンスみたいに回転した私は、勢いを利用して右手一本で身体を持ち上げた。そのままデストルークの顎先目がけて蹴りを放つ。
「……っく! やる!」
デストルークはすんでのところで顔を背けて蹴りを躱した。
私はそのままトンボを切った。改めてデストルークと対峙する。
スキルの効果とか星炎の守護者とかよくわからないけど、ないと思った抗うすべが残っていた。いまはそれだけで十分だ。
左腕は使えないままだし、HPはなんと1しかない。本当にぎりぎりだ。
けれど、私はまだ戦える!
胸が、沸き立つような歓喜で満たされた。
「――素敵」
「……やっぱり、きみは戦闘狂だよ」
気圧されたようなデストルークの指摘で気づく。どうやら、またしても私は笑っていたようだ。
「どうでもいいよ」
そんなの関係ない。いまはただ戦うだけだ。
「人に畏怖を覚えたのは初めてだ。きみに敬意を表して、この技を送ろう」
デストルークの身体を覆っている青白い炎が一段と激しく燃えさかった。
「受けてみろ。これぞ我が最終奥義」
ぐっと身体を沈み込ませる。私は軽く腰を落とす。
「――
地面を蹴ったデストルークは素早く間合いを詰め、息もつかせぬ連続技を放ってきた。
拳と脚だけじゃない。全身を駆使する美しい乱舞だ。
一撃でも食らったら終わり。
私はデストルークの
左腕は使えないけど、どういうわけか身体のキレが尋常じゃない。ここまで思った通りに動けるなんて、アンファイでも滅多になかった。
「なんだと!」
デストルークが目を剝いた。
「俺の奥義が通用しないというのか」
デストルークには悪いけど、当たるわけがないと思う。だって、こんなにもよく見えるんだもの。
にしても、奥義か。
沸騰する闘志に満ちた身体とは裏腹に、思考はひどく冷静だった。
いまの私なら、あの技も使えるかもしれない。
呼吸を整え、私は攻撃の隙間を縫って懐に飛び込む。
「……なっ!」
デストルークが息を呑んだ。構えを変えるけど遅い。迎撃の暇なんて与えるものか。喰らえ。
拳を突き出す。
一呼吸で三回。
私の拳は、デストルークの眉間、喉、鳩尾を正確に打ち抜いた。
――できた。
全身が震える。
FLOでも、ようやく出せた。
「三段突き!? 拳で?」
イシダさんの声が聞こえてくる。いまの体術を見て元ネタがわかったってことは、新選組が好きなのかもしれない。
三段突き――剣の天才、沖田総司の得意技と伝えられている。
刀だけじゃなくて、拳でもできないかとこつこつ練習した結果、私はアンファイでこの技の習得に成功していた。
といっても、実戦で使ったことはない。だから実質これが初披露だ。
「あ……ぐ……」
デストルークはよろめくと、どうと仰向けに倒れた。砂埃が舞い上がった。
私は息を吐き出す。同時に、私の身体を覆っていた青白い炎が消えていった。どっと脱力する。
私は、勝てたのか……。
「……見事。人の身でありながら、これほどの境地に至るとは」
私が近づくと、デストルークは絞り出すような声で言った。
「あなたが貸してくれた手甲がなかったら、勝てなかったと思う。返すよ」
私は真銀の手甲を外し、しゃがみ込んでデストルークに差し出した。デストルークは力なく首を振る。
「死にゆく俺には無用の物だ。そのままきみが使ってくれ」
彼とはもう二度と戦えないという事実が胸に染みた。格闘ゲームなら、再戦できるのに。
「いいの? 私がこれを使ったら、あなたのお仲間をバシバシ倒しちゃうかもよ」
湿った雰囲気がいやで、私はそんな軽口を叩く。
「どうかな。魔族は一筋縄ではいかんぞ」
「――そうだね。あなたも強かったよ」
私が言うと、デストルークは笑みを浮かべた。子どものような無邪気な笑みだった。
「最後に戦えたのがきみでよかった、エーデルシュタイン」
デストルークが拳を突き出す。私も拳を握り、軽く打ち付けた。
「私も、あなたと戦えてよかった。
さらさらと、砂のようにデストルークの身体が崩れ、風に流されていく。
軽やかなSEが、私にレベルアップを知らせてくれた。
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