第42話 努力の成果

「ヒール、ヒール、ヒールヒール!」

 真っ先に駆け寄ってきたトーラスさんが、リキャストタイムも惜しいとばかりに回復魔法を連打した。見る見るうちに私のHPが回復していく。

「ありがとう。心配かけてごめん」

 私が微笑むと、トーラスさんはようやく回復魔法の使用を止めた。

「……やられちゃったのかと思った」

 弱々しい声で、トーラスさんは言う。

「勝てたのは、トーラスさんの防御魔法のおかげだね」

「僕は、そんな……」

 私は首を横に振る。

「補助がなければ、殴り合いの途中で私のHPはゼロになっていたよ。夢中になっていて気づかなかったけど、本当に危なかったんだ。私だけじゃ決して勝てなかった」

「あとは、謎のスキルの恩恵もありますよね」

 イシダさんがゆったりとした足取りで近づいてくる。

「ユーリさんは、エーデルシュタインだったんですね。キープレイヤーかなとは思っていましたが」

 キープレイヤーというのはFLOの公式用語ではない。

 最近使われるようになった造語で、重要キャラを操作しているプレイヤーのことを指す。

 会ったことはないけど、私以外にもいるのは間違いない。たぶん、公式非公式問わず、掲示板に関連のスレッドがあるはずだ。

 ベータのときは情報収集のために目を通していたけど、製品版でエーデを操作するようになってから、私は一切掲示板を見ていなかった。

 もし自分が話題にされていたらと思うと、怖くてアクセスすることすらできない。自意識過剰という自覚はあるけど……。

「すみません。伏せていました」

 私は頭を下げた。

「お気になさらず。むしろ安心しました」

「……?」

「会ったばかりのよく知らないプレイヤーに、正体を明かすようなうかつな方じゃなくて。――この遺跡調査は、メインクエストだったんですね」

「そうです。私、うっかり指輪を売ってしまって。で、競り落としたフルーメさんと交渉したら、指輪と引き換えに、遺跡に巣くう謎のモンスターの討伐を依頼されたんです」

「ベータと展開が違いますね」

「ベータのときはどうだったんですか?」

「指輪を競り落としたのはフルーメではなく、王都の貴族でした。そして、王都に戻る途中、野盗に襲われて指輪を奪われちゃうんですよ。なんやかんやあって、エーデに協力を頼まれたプレイヤーたちは野盗が根城にしている古い砦に乗り込むんですが、用心棒が強いこと強いこと。結局、ベータ期間が終わるまでに倒せた人はいませんでしたね」

「その用心棒って……」

 心当たりがあった。

「破軍のベガイスっていう、二つ名を持つユニークエネミーです」

 やっぱり。私はトーラスさんと顔を見合わせる。

「? どうしました」

 イシダさんが不思議そうに言う。

「実は私たち、ベガイスと戦ってます。王都に行く途中で、馬車が野盗に襲われてて」

「え! ということは」

「倒しました」

「ええ! レベルはいくつだったんですか?」

「……3」

「3!? ひょっとして、エーデって、チートなステータスだったり?」

 だったらもっと楽だったんだろうけどね。

「むしろ逆です」

 私はイシダさんに自分のステータスを開示した。レベルは上がって35になったが、相変わらずステータスは低い。

「35でこれって……。成長率がマイナスになる補正でもかかってるんですかね」

「たぶん」

「しかし、すごい動きでした。まるで旧型機に乗るエースパイロットみたいな」

「……?」

「あ、すみません、私、ロボットアニメが好きなんです。にしても、レベル3でよくベガイスを倒せましたね。――あ、わかった! あのスキルの効果ですか?」

 もしかして、という疑念が私の中に芽生える。

 まだ詳細を確認していないけど、死火流転しかるてんはきっと強いスキルだ。発動した後のアバターの動きが明らかに違っていた。

 ラスールも、ベガイスも、死火流転の発動で倒すことを運営は想定していたのだろうか。

 あんな状況だったら、逃走ではなく戦闘を選ぶ人は少なくないと思う。私がそうしたように。

「近くで見ていましたけど、純粋にユーリさん自身の技量で倒していましたよ。スキルは発動していませんでした」

 そう言ったのはトーラスさんだった。

「そりゃまたすごい。ミノタウロスや魔王との戦いもすさまじかったし、まさかリアルで格闘技を習ってるとか?」

 イシダさんは力こぶを作る真似をする。

 リアルで武術をたしなんでいる人は、VRでもうまくアバターを動かせるらしい。おそらく、動き方のイメージがしやすいからだろう。

「いえ、なんにも。私が動けているのはアンファイ……格闘ゲームをやりこんだおかげです」

「アンファイか。知ってますよ。難しい格闘ゲームとして有名ですよね。――ということは、ものすごく練習なさったんですね」

 イシダさんの言い方に、私はドーガンを思い出した。

 ドーガンも、私の努力をほめてくれたっけな。

「……っ」

「す、すみません。私、何か気に障ることを言ってしまいましたか?」

 イシダさんがあたふたした様子で言う。

 私は、泣きそうな顔にでもなっていたのだろうか。慌てて手を振る。

「すみません。違うんです。オープニングで私を逃がしてくれたドーガンも、同じように言ってくれたのを思い出して」

「NPCが?」

「はい」

「……そうだったんですね」

 しまった。

 せっかく強敵に勝利していいムードだったのに、しんみりさせるようなことを言ってしまった。

 こういうとこ、私は下手だよなと思う。

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