第57話 勇気

「あのとき手伝うよって言ってもらえて、私がどれだけうれしかったか」

 トーラスさんはまっすぐに私を見つめている。

 リアルの平瀬ひらせさんとは似ても似つかない姿だけど、まなざしは不思議なほど同じだった。以前はそんなこと思わなかったのに、トーラスさんが平瀬さんだと知ったからだろうか。

「本当はね、もっと話がしたかった。二年になってすぐに岩波いわなみさんが入院したとき、お見舞いに行きたかった。でも、できなかったの」

 文化祭が終わっても、平瀬さんと私の関係は以前と変わらなかった。

 すなわち、ただのクラスメイト。

 目が合えば挨拶くらいはするけど、それだけだ。進んで会話はしない。私も自分からガンガン行くタイプではないから、そのままずっと流していた。

「どうして?」

 私は尋ねた。

「嫌われるのが、怖かったから」

 思いもよらない返事だった。なぜそうなるのだろう。

「そんな、嫌うだなんて」

 トーラスさんはゆるりと首を振る。

「私は、自分の視野が狭いせいで、これまで貧しい人間関係しか築けなかった。……自信がなかったの。だから、遠くから見ているだけでいいと思った」

 平瀬さんの過去になにがあったのか。

 深くは語らずとも、アバターの瞳に陰りが見えた気がした。

「FLOを始めたのは、兄が勧めてくれたからなの。こういうの好きだろって。誕生日にアルクスVRをプレゼントしてくれてね。大きくなってからの兄は私に無関心だと思ってたけど、違った。やっぱり私は視野が狭い」

 トーラスさんは微笑を浮かべる。

「兄が教えてくれたFLOで、もう一度岩波さんに出会えた。偶然でも運命でもなんでもいい。とにかく、勇気を出してみようと決めたんだ」

「――そうか、それで」

 思えば平瀬さんが私に話しかけてきたのは、FLO発売の週明けだった。何気ない様子だったけど、その裏で平瀬さんは勇気を振り絞っていたのか。

「岩波さんがアンファイでの炎上騒ぎでどれだけしんどい思いをしたか、私には想像することしかできない。好きなものから離れなきゃいけなくて、きっとすごくつらかったんだろうね」

「……」

「炎上騒ぎがあった後で、不特定多数の前に立つプレッシャーがものすごいっていうのも、わかる。逃げてもいいよって、本当は言いたい。誰もエーデさんを責められないよ」

「……でも」

「そう。でも、岩波さんはみんなの前に立つべきだ。――じゃないと、このゲームを心から楽しめなくなるんでしょ?」

「……トーラスさんは、私のことをよくわかってる」

「当然。だって僕は、エーデさんの仲間だからね。――エーデさん、僕はきみに力をもらえたよ。僕は、どうかな。少しでも、きみの力になれたかな」

 トーラスさんはがらりと口調を変えた。

「少しどころか」

 私は微笑む。

「めっちゃ力をもらえたよ」

「なら、いけそう?」

 トーラスさんの問いに、私はうなずく。

「うん」

 

 舞台袖に移動する。

「――ってわけで、俺は言ってやったのさ。『武器や防具は装備しないと意味がないぜ』って」

 アルバートさんの言葉で、客席がどっと沸いた。場をつないでいてくれたみたいだ。にしても、何の話だろう。

「ああ、エーデさん、トーラスさん。よかった」

 私たちに気づいたイシダさんが、安堵の表情を浮かべる。

「心配かけてごめんなさい。あの、アルバートさんは?」

「RPGあるある独演会ですよ。ウケていますけど、今日の趣旨からは外れちゃいますからね」

 ちらとこちらを見たアルバートさんに、イシダさんは手を振ってみせた。

「みんな、聞いてくれてありがとう。俺の話はここまで。――真打ち登場だ」

 客席に手を振って、堂々たる足取りでアルバートさんはこちらに歩いてきた。

「客席は暖めておいたよ」

 アルバートさんはウィンクした。文字通り狼の顔で、ワイルドな魅力があった。

 私はアルバートさんが差し出した緑のブローチを受け取る。

「ありがとうございます」

「その顔なら、大丈夫そうだな」

「ええ、みんなのおかげで」

 ブローチを胸元に着ける。

 

 私は、再び舞台へと立つ。

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