第58話 決意と責務
舞台の真ん中、うつむきたくなるのを必死にこらえ、私は顔を上げた。
ライトステップ、人、獣人、エルフ、ドワーフ――多種多様なアバターが、こちらを見つめている。
やっぱり、どうしたって緊張感は消えてくれない。
でも、やるって決めたんだ。
深呼吸して、私は口を開いた。
「さきほどは失礼しました。改めて、エーデルシュタイン・クライヌ……」
噛んだ。それも、思い切り。
客席に
おかげで緊張がいい具合にほどけた。私も笑う。
噛んだっていいんだ。私は女優じゃない。
仕切り直し。
「――エーデルシュタイン・クライノートです」
私は自分の頭の上を指す。
「これまではユーリという名前で、アイネという白い神獣に乗ってふらふらしたり、キノコを狩ったりしてました。どこかで私を見かけた方もいらっしゃるかもしれませんね。正体を伏せていたのは、しかるべきタイミングを待っていたからです。……まあ、オープニングで発動すらできない技名を叫ぶという恥ずかしいことをやらかしているので、ばれるのをできるだけ遅らせたかったというのもありますが」
自分でも思っていなかった軽口が飛び出た。笑いが起こる。
「魔族相手に素手で向かっていったので、一部では脳筋とかゴリラとか言われてそうですね。否定はできませんけど」
さらに笑い声。さっきより多い。これ、本当に言われてるんじゃないか。別にいいけど……。
と、前置きはこの辺でいいかな。
「そんな私ですが、冒険者に魔族退治の檄を飛ばすという役割――エーデを引き受けた責任を果たすため、こうして皆さんの前に立たせていただくことになりました。よろしくお願いします」
私は、原稿を読むためにメモ帳を開こうと左手を上げた。
――いや。
私はゆっくりと手を下ろす。
このまま、いってみよう。みんなを見たままで。
「みなさんは、どういった目的でFLOを始めましたか。リアルとは違う自分になってみたい。ファンタジー世界を冒険したい。フルダイブでモンスターと戦ってみたい。理由は様々だと思いますが、根っこの部分で共通しているものがあるのではないでしょうか」
私はわずかに間を取り、
「――すなわち、ゲームを楽しみたい」と言った。
多くのアバターがうなずくのが見えた。
「私はFLOが大好きです。大好きだから楽しみたいし、みなさんにも、楽しんでほしい。私はその思いを伝えたくて、この場に立っています。――エーデとしては、メインクエストのお話をするために」
ここからが本題だ。
「エーデの祖国、神聖トリューマ国は魔族に侵略されました。いま現在、トリューマがどういう状況になっているかは一切不明です」
国民はどうなったのか。生きているのか、それとも……。そんなに酷なシナリオではないと信じたい。
私は、触れるか触れない程度で左胸に軽く手を添える。
「私も皆さんと同じ冒険者という立場で、これから先、メインクエストで何が起きるかわかりません。――ただ一つ、魔族との戦いは避けては通れないということを除いては」
私は拳を握る。
「みなさんがムービーで見た魔族の他に、私はもう一体、魔族と戦っています。名は
私の発言に、会場がざわめく。
「四翼ということは、少なくとも他に三体の魔王がいるはずです。おそらく、全員を撃破する必要があるでしょう」
私は握った拳を魔力操作で光らせる。
「魔族は強敵です。まず、普通の武器での攻撃が通じません。魔力操作でダメージは通せますが、物理攻撃主体のジョブにとっては厄介な相手です。また素早くタフなので、魔法使いだけで戦うのも厳しい。ですが、決して、戦えない相手ではない。気合いや根性でなんとかするぜっていう精神論ではないですよ。みなさんご存じの通り、近日開催予定のイベントで、魔法の武器が配布されるからです。明らかに、『これで魔族と戦ってね』っていう運営からのメッセージですよね」
トーラスさんからの受け売りを、そのまま使わせてもらった。
私は魔力操作を解除し、拳を下ろす。
「イベントの開催期間は一ヶ月。準備期間としては十分だと思います。もちろん、リアルでの都合で参加が難しいという方もいらっしゃるでしょうが、私は、できるだけたくさんの方とメインクエストを楽しみたい」
私はゆっくりと客席を見渡した。
「誤解しないでほしいのですが、パーティでの協力プレイを強制しているわけではありません。ソロプレイだって、FLOは十分に楽しい。現に私はベータのときはソロメインでしたが、満喫できました。ソロでもメインクエストには参加できるし、一緒に同じゲームを遊んでいるのに変わりはない。ああしなきゃいけない、こうしなきゃいけないなんてないんです。それぞれが、自分に合った楽しみ方を見つければいい。だって、このゲームはフェイバリットライフ・オンラインなのだから」
私は視線を中央に据える。
「最後に、エーデとして言わせてもらいます。『私は魔族に抗う。ですが、一人では限界があります。我が祖国を救うために、どうか皆さんの力を貸してください』」
そうして、深々と頭を下げた。
舞台袖から拍手の音がした。見ればトーラスさん、イシダさん、アルバートさんが手を打ち鳴らしている。
それからぱらぱらと客席から拍手の音が聞こえ始め、やがて会場全体に広がっていった。
胸がいっぱいになった。
私は天を仰ぐ。まばゆい光に目を細める。
ずっと胸の片隅にあったごろごろした塊みたいなものが押し流され、溶けていく気がした。
あの炎上騒ぎで灰になった心の一部分が、潤った気がした。
私は、関わってくれたみんなに感謝する。
勇気を出してよかった。
力をもらえてよかった。
今日、この場に立ててよかった。
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