第19話 どちらが夢か
まだ混み合っていた冒険者ギルドで無事にトーラスさんのホームポイント設定を終わらせた私たちは、王都オルデン中央の広場に足を運んだ。噴水があって、屋台も出ている。
ウーブリっていう、実際に中世フランスで売られていた焼き菓子がおいしいんだ。他にはワッフルやクレープがある。
どれも美味で、ベータでは広場に来るたびに何かしら買い食いしていた。
「これからどうします?」
「僕は魔道書を見てみたいです。ユーリさんは?」
メインクエストのことが頭をよぎったが、いきなり王城に行くとは言い出しにくい。落ちますってうそをついてまで単独行動するのも気が引ける。
少し悩んで、私は言った。
「武器を買いたいです。武術家用の」
「だったら、先に武器屋に行きましょうか」
「いいんですか。ありがとうございます」
「いえいえ。付き合ってもらっているのは僕ですし」
そんなわけで、武器屋で私は『革の
手の甲をすっぽり覆う、バンテージみたいな装備である。防具の小手とは違うカテゴリーで、こちらは武器扱いだ。
ざっと確認した感じ、エーデのジョブ『銀の巡礼者』は、大剣やプレートアーマーといった一定以上の重量があるものは装備できないっぽい。
私は元々軽装備が好みだし、ひとまず問題はなさそうだ。
それから武器屋を出て魔法使いギルドの書店に行き、魔道書を眺めていたら、あっという間に時間が経っていた。
私たちは広場まで戻ってきた。
結構遅い時間なのに、まだたくさんのプレイヤーがいる。初日ということもあって、みんな熱中してるんだなと思う。
「今日はありがとうございました。楽しかったです。僕、そろそろ落ちますね」
そう言って、トーラスさんはぺこりと頭を下げた。礼儀正しい。
「私も、楽しかったです」
初っぱなから強敵との戦いが続いたが、トーラスさんのおかげでほどよく緊張も解けた。
「それで、あの、よかったら」
ぴこん、とお知らせが表示される。
トーラスさんからのフレンド申請だった。
フレンド同士だと、相手がログインしているかどうかわかったり、メッセージのやりとりなんかができるようになる。
ベータ時のフレンドリストは引き継ぎできないので、いまの私にはフレンドがいない。
まあ、もともとフレンドは少なかったけどね。アンファイでの出来事を引きずっているってわけじゃないけど……いや、引きずってるのかな。
「申請ありがとうございます。私の最初のフレンドです」
微笑んで、私は承諾ボタンを押した。
「また、遊んでください」
「こちらこそ」
ログアウトしたトーラスさんの姿が消えていく。
このゲームは戦闘中やダンジョンの中じゃなければ、基本、どこでもログアウトできる。でもって、次にログインしたときはホームポイントに設定した冒険者ギルドや宿屋からスタートする仕様だ。
さて、私も落ちるか。
もう少し遊んでいたいけど、体調を考えると、休みといえども無理はできない。調子に乗ると、熱を出して一日をベッドの上で過ごす羽目になる。
私は宿屋へ移動した。
HPやMP回復のためじゃない。ログアウトのためだ。
冒険者ギルドの他、宿屋で部屋を取ってログアウトすれば、次にそこからスタートすることもできるのだ。
あと、とんでもなく高いけど、自宅を買えばそこもホームポイントにできるらしい。
私が宿屋を選んだのにはわけがある。こっちだと、個室だから周りに誰もいないのだ。
ログインしたときに近くに誰かがいるのって、なんだか落ち着かないんだよね。だから、有料でも私はログアウト時に宿屋を使う。
「よかったじゃないか。あのライトステップ。いい子みたいでさ」
料金を払って部屋に入ると、腕輪からアイネの声が響いた。
アイネのAIは、パーティを組んだ他プレイヤーについても言及するのか。
「そうだね」私はベッドに寝転んだ。「たぶん、明日も一緒に冒険するよ」
「あたしを紹介してくれないのかい」
んー? これ、遠回しにトーラスさんには私の正体をばらしてもいいんじゃないかって言ってるのかな。考えすぎか?
「機会があったらね」
「ああ、そうしとくれ」
「うん。じゃあ、お休み」
「お休み、いい夢を」
いい夢、か。
私にとってはこっちが夢みたいなものなんだけどな。
私はメニューを開いてログアウトをタップする。意識が段々薄れていく。
土日、私はトーラスさんに誘われて、一緒に簡単なクエストをこなしたり、レベリングをしたり、広場でウーブリを食べたりして過ごした。
パーティを組んで戦闘をしたことはあったけど、誰かとこんなふうにゆったりFLOを遊んだのは初めてで、新鮮な感じがした。
メインクエストのことはもちろん気にはなっていたが、トーラスさんとのんびり遊ぶ空間が心地よくて、離れがたかった。
――あたしを紹介してくれないのかい。
何回かアイネの言葉が頭をよぎったけど、結局、トーラスさんには言えずじまいのまま日曜日の夜になり、私はログアウトした。
現実に帰り、私はエーデから
私は頭部に装着していたヘッドセットを外す。
見慣れた自分の部屋で、私は手にしたヘッドセットに視線を落とす。
『アルクスVR』――フルダイブ対応のヘッドセットだ。
フルダイブ技術は、研究段階では仮想世界と接続するためのマイクロチップを身体に埋め込んだり、専用のナノマシンを注入したりする方法も検討されていた。
けど、それではユーザーの抵抗が大きいだろうということで、試行錯誤と研究の末に現在の形に落ち着いた。
すなわち、専用のVRヘッドセットを頭部に装着するという方法だ。装着すれば、あとはAIが脳波を調整して仮想世界に連れて行ってくれる。
研究者や技術者たちの努力のたまもので、感謝しかない。マイクロチップやナノマシンなんて、気軽には使えないから。
それに私の場合、体内の医療用ナノマシンの干渉も気になるし。
もしナノマシン形式だったら、フルダイブで遊べなかったかもしれない。ほんと、いまの形でよかった。
私はアルクスVRを軽く撫でると、机の引き出しにしまった。
今日も楽しかったな。
あくびが漏れる。
さて、歯を磨いて寝よう。
明日は学校だ。
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