第4話 他人事じゃないオープニング④

 私を信頼? してエーデを任せてくれたスタッフの人たちがいまの状況を見たらどう思うかな。

 たぶんモニターしてるよね。

 頭を抱えているか、それとも面白がっているか。

 後者だといいんだけど。

「ドーガン。私がタゲ取りするから、ここぞというところでバッサリやっちゃって。あるんでしょ、大技」

 魔族まぞくをにらみつけながら、私は隣のドーガンに声をかけた。

「タゲ取り?」

 ああ、NPCにはプレイヤー間で使っている用語が通じないのか。世界観を壊したくないのかも。

「私があいつを引きつけるってこと」

 FLOの敵は、何回も攻撃したり、『挑発』みたいな特定のスキルを使ったプレイヤーを優先的に狙う。

 アタッカーが囮役――タンクを兼ねる場合もあるけど、今回は私がタンクだ。ドーガンが大技の準備をしている間、私が敵の注意を引きつける。

「――わかりました。もう、お止めしても無駄ですね。しかし、無茶だけはなさらぬように」

「悪いけど、無茶をしなきゃひっくり返せないよ」

 私はローブを脱ぎ捨てて普段着だけになった。銀色の長い髪がなびく。エーデの普段着はフリフリしていていかにも貴族っぽい服だ。若干動きにくい。

 オープニングが終わったら売ってしまおうと決めて、無造作に距離を詰める。

 魔族の髪の一房がピクリと動く。――来る!

 鋭い刃に変質した魔族の髪が、真正面から振り下ろされる。私は横に動いて攻撃をかわした。

 さらに距離を詰める。

 別な方向から刃が振るわれる。身を低くしてやり過ごす。

 もう一歩踏み込む。今度は腕が振るわれる。これは拳で弾いた。

 相手がAIでも人間でも共通して大切なのはよく見ること。クセやパターンは必ずある。

 そうして、こちらから手出しはせず、相手の攻撃を誘うこと十回少々。おおよその攻撃パターンが把握できた。

 彼我ひがの距離に応じて、相手の攻撃は変わる。時折混ざるランダム行動が厄介だが、集中していればなんとかなるレベルだ。

 とはいえ、魔族の攻撃はどれもが当たればおそらく一撃死、よくて瀕死だろう。なにせこっちの防具は初期装備の普段着だけだ。

 武器もなく、頼れるのは己の身体のみ。

 いいね。最高に燃える。

 よし、反撃開始だ。

 私は左足から踏み込む。髪の毛の刃が振るわれるが予想済み。余裕を持って回避する。

 さらなる追撃を躱し、倒れ込むようにして魔族に接近する。腕の斬撃をやり過ごす。と、接触寸前でもう片方の腕が横薙ぎに振るわれた。

 いままでしなかったランダム行動。だけど――。

「当たるか!」

 私は身を低くしつつ、魔力をこめた足で魔族のすねを思い切り蹴りつけた。さすがに痛かったようで、すねを押さえてぴょんぴょんこそしなかったものの、魔族はわずかにひるんだ。

 隙ありだ。数フレームでもありがたい。

 私は身を起こし、真正面から攻撃をたたき込んでいく。

「肘打ち! 裏拳正拳とおりゃぁぁぁぁぁ!」

 攻撃の切れ目をなくす連撃。いわゆるラッシュだ。

 スキル取得をしていないのでシステム補正はないが、そこはプレイングで補う。アバターの操作を可能な限り最適化し、隙をなくす。

 リアルで喰らったら内臓に深刻な悪影響が出そうなボディブローが炸裂し、魔族が身体をくの字に折った。

 私は踏み込んで身をかがめ、ぐっと拳に力をこめる。

剛竜ごうりゅう!」

 そうして、上方に伸び上がるようにアッパーカットを繰り出す。

昇天撃しょうてんげき!」

 これが本当の奥義だったらかっこいい演出が入るところなんだけど、実際に会得えとくしているわけではないのでヒットエフェクトが出るだけに留まった。技名を叫んだのは私の趣味だ。

 奥義ではないものの、魔力をこめた拳を顎に喰らってのけぞった魔族は大きな隙を見せた。

 絶好の追撃チャンスなのだが、魔力操作を使うために必要なMPがちょうど尽きてしまった。

 だけど問題はない。計画通りだ。

「ドーガン!」

 私は叫ぶなり後ろに下がった。

「お任せください」

 代わって前に出たドーガンが長剣を天に掲げた。

「女神フェリセアよ、ご照覧しょうらんあれ。秘技! 雷聖十字剣らいせいじゅうじけん!」

 ドーガンは、雷光のような速さで魔族に縦と横の斬撃をたたき込む。

 いや速っ! 斬撃が全然見えなかったぞ。

 光が舞い散り爆発するエフェクトが発生し、相手のHPゲージが一気にゼロになった。よろめいた魔族はゆっくりと倒れ伏す。

 これがドーガン――聖騎士せいきし剣技けんぎか。さすがチャージに時間がかかるだけあって、すごい威力だ。

 ぴろん、という効果音が鳴って、メッセージウィンドウにレベルアップやアイテム取得のお知らせなどが流れる。

 確認するのはあとでいい。いまはそれより大事なことがある。

 私は、剣を鞘に収めてこちらに向き直ったドーガンに飛びついた。

「やったね。私たち、勝ったよ!」

「エ、エーデ様」

 ドーガンが驚いたように目を丸くする。

「あ、ごめん。はしたなかった」

 良家の令嬢は軽々しく男性に飛びついたりしないだろう。礼儀に厳しいドーガンだ。怒られるかもしれない。ごめんあそばせとか言った方がいいかな。

「いえ。――失礼」

 しかしドーガンは怒らなかった。

 ドーガンは私の腰をつかむと、父親が小さな娘にするように、持ち上げてくるくると回してくれた。今度は私が驚く番だった。NPCがこんなことをしてくれるなんて。

 視界が回る。楽しくて、私は笑い声を上げる。


 少しして、私を地面に下ろしたドーガンは口を開く。

「それにしても見事な武技でした。いったいどこで、いつの間に習得したのですか?」

 設定で明記はされてないけど、エーデには武術のたしなみはないと思う。ドーガンのこのセリフがその証拠だ。エーデを小さい頃から知っているドーガンは、さぞや驚いたことだろう。

「うーん。言っても通じないと思うけど、『アンダーグラウンド・ファイトクラブ』っていう格闘ゲームの中だよ」

 私の言葉を聞いたドーガンは、にっこりと微笑んだ。

「そうでしたか。さぞかし努力なさったのでしょうね」

「……!」

 思わぬ言葉だった。じんわりとうれしくなる。

「――うん。がんばったんだ」

 リアルの私は身体が弱い。

 生まれつき心臓に問題を抱えていて、医療用ナノマシンを注入することで身体機能を保っている。

 身体の免疫とナノマシンが喧嘩しないための薬や、心臓の働きを助ける薬――各種処方薬や高性能サプリを飲んでいる限り日常生活に大きな支障はないけど、激しい運動は避けるようにと主治医に告げられていた。

 小さい頃、私は思うように動けない自分の身体が悲しかった。

 休み時間、窓から見る校庭で遊んでいる子たちが羨ましかった。自分もあんなふうに動けたらなとずっと思っていた。

 だから、現実逃避と言われたらそれまでだけど、ゲームの中で思い切り暴れられるのは、私にとっての救いだった。

 ゆえに練習した。誰よりも強くなるために。

 そして気づけば公式大会で優勝するほどになった。

 いろいろあってアンファイからは離れたけど、ドーガンの命を助けることができたのは、間違いなく格ゲーで練習していたおかげだ。

 ああよかったと、心の底から思う。

 トレーニングルームにこもってカカシと向き合っていた日々は、身につけたい技をひたすら練習し続けた日々は、負けても負けても強敵に食らいついた戦いの日々は、私の努力は、ぜんぶ無駄じゃなかったんだ。

 鼻の奥がつんとなる。

 うあ、やば。なんか泣きそう。FLOって、リアル同様涙が出るんだよね。

 きっと変な顔になっていると思ったので、私はドーガンに背を向けた、

「じゃあドーガン、一緒に隣国まで行こうか。王都を目指さないと」と馬車を指さす。

「そうですね。早く魔族の出現を伝えねば」

 そうして、私は馬車に向けて歩き出す。

「そうだ。馬車の運転? 操縦? なんて言うんだろ。――まあいいや。ドーガンにお願いしてもいい? 私、たぶんできないし」

 ドーガンからの返答はなかった。

 さすがに言葉遣いが軽すぎたかなと振り向いた私の目に、立ち尽くしているドーガンの姿が飛び込んできた。

「ドーガン?」

 様子がおかしい。

 目をこらす。

 私は息を呑んだ。

 ドーガンの胸から、見るも凶悪な刃が生えていた。

 出所をたどる。

 先ほどと変わらぬ姿で立つ魔族の、頭から伸びた刃だった。

 刃は鎧を貫通していて、ドーガンのHPゲージは――。

 私はゆるゆると頭を横に振る。

「うそ……。間違いなく倒したよね……」

 敵のHPがゼロになるのを確認した。経験値だってアイテムだって手に入った。

 なのに、どうして。

 復活した? 倒し方に失敗した? それとも絶対勝てないイベント戦だった?

 頭の中をぐるぐると疑問が渦巻く。

「……申し訳ありません。不覚を取りました」

 ドーガンが苦しそうに言う。胸から刃が引き抜かれ、ドーガンは膝をついた。

 魔族に殴りかかるべきか、それともドーガンに駆け寄るべきか。

 私はどちらも選択できなかった。凍りついたみたいに身体が動かない。

 不意に、木々がざわめいた。

 肌が粟立つ。私は後方、王城がある方角に目を向けた。

 何かがこちらに来る。

 そしてそれは、私たちが戦った魔族なんか比べものにならないくらい恐ろしい存在だと直感した。気配察知のスキルがなくてもわかる。とてつもないプレッシャーだった。

「かくなる上は、エーデ様だけでもお逃げください」

 立ち上がったドーガンが長剣を抜き放った。HPがほとんど残っていないのに、すさまじい気迫だった。

「で、でも……」

「あなたにはするべきことがある! これ以上、私に拘泥こうでいしている暇はないでしょう!」

 ドーガンの怒号に、私は身をすくませた。

「いきなさい! エーデルシュタイン・クライノート!」

 それは、NPCのAIが発した台詞には聞こえなかった。生身のドーガン自身が発した言葉のように、私には聞こえた。

 私は拳を握る。

 前方には倒し方がわからない魔族、そして後方からは得体の知れない気配。

 この状況をひっくり返せるすべを、いまの私は持っていない。とれる行動は一つしか残されていなかった。

「……ごめんなさい」

 私は呟いてローブを拾い上げた。

 地面を蹴って森の中に飛び込む直前、私の背にドーガンの声が届く。

「エーデ様。共に戦うことができて光栄でした」


「――私もです、ドーガン」


 そして、私は逃げ出した。

 ベータのときはムービーを見ているだけだった。しかし、今回は違う。

 

 他人事じゃない、これが私のオープニングの終わりだった。

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