第5話 森の中にひとり

 ある日の夜遅く、突如として出現した異形の怪物たちが、ヘラウス大陸北西部に位置する神聖トリューマ国の聖都を襲撃した。

 怪物の正体が伝説の存在――魔族であることを知った王は直ちに各地の領主に伝令を送る。

 トリューマの隣国にほど近い領地を治めるクヴァドラ・クライノートは、娘であるエーデルシュタインに魔族出現の報を隣国――オルグドに知らせる役目を託し、自身は兵を率いて聖都に向かう。

 父の友人のドーガンと共に、オルグド国を目指すエーデだったが――。

 

 というのが、三つある開始地点の内、オルグド国を選んだプレイヤーが見ることになるオープニングの内容だ。

 残り二つの開始地点は大陸南部のユースティ皇国、大陸東部のメガロマ共和国で、遊べるメインクエストもそれぞれ違う。

 オルグド国は、魔族がメインクエストに関わってくる。クエストの中心にいるのはエーデルシュタインだ。

 ベータのエーデと違って、私はオープニングで逃げずに魔族と戦うことを選んだ。でも、結果は変わらなかった。

 だとしても、無駄だったとは思わない。一矢報いたのは事実だ。


 ――だよね、ドーガン。


 設定で視界の左上に表示したコンパスを頼りに、私は夜の森を走る。

 BGMはなく、環境音と私の足音のみが響く。

 本当はさっき馬車が走っていた街道を行きたかったが、後ろから来ていた謎のプレッシャーのことを考えると、森に入らざるを得なかった。

 夜の森なんて、現実だったらろくに前も見えないんだろうけど、このゲームは幸い自分の周りがぼんやり見える仕様だ。

 明かりの魔法やカンテラがあればもっと先まで見通せるが、あいにく私は所持していない。

 ある程度走り、プレッシャーが追ってこないことを確認した私は足を止めた。

 途端、無力感が押し寄せてくる。


 ――ドーガン。せっかく一緒に冒険できると思ったのに。

 

 ドーガンはエーデの父親の友人だ。

 エーデの母国である神聖トリューマ国の元聖騎士団団長で、退団後は村で剣術を教えていた。

 エーデの住むお屋敷に時々遊びに来て、父とお酒を飲んでいたりした。

 やさしいドーガンが、エーデは大好きだ。

 魔族出現の騒動に際して、父は王城に駆けつけなくてはならず、信頼できるドーガンにエーデを託した。


 エーデを操作するに当たって参考になればと、運営からのメールに添付してあった資料だ。

 文章だけじゃいまいちピンとこなかったけど、ドーガンは本当にやさしい人だった。エーデを思いやる気持ちが伝わってきた。

 敏腕プロデューサーとして有名な諏訪原駿史が各分野から人材を集めて制作したFLOは、AIにも強い。

 だから、NPCとの関わりもリアルと遜色ないのだと思う。

 胸が引きつるように痛んだけど、いつまでも引きずってはいられない。ドーガンの意志を無駄にしないためにも、必要なことをしなくちゃ。

 まずはスキルやステータスの確認だ。

 手近な木に背中を預け、左の人差し指と中指をそろえて頭の上から首の辺りまで下げる。ジェスチャーに反応してメニューが開いた。

 さっきはよく確認できなかったけど、ほとんどベータのときと同じだ。ステータスやスキル、アイテムの項目が並んでいる。

 各種項目をタップすると自分の状態を確認できたり、アイテムを使ったりすることができる。

 いまは慣れたけど、RPG初心者だったころは戸惑った。武器や防具は装備しないと意味がない、とか。

 にしても、自分で自分の状態を即座に把握できるって、現実でもあったら便利なのに。病気になってもすぐに気づくことができるし。

 私は指を動かして、スキルをタップする。

騎乗きじょうと……ん? これ、なんだろ?」

 私は思わず声に出す。

 エーデはすでに『騎乗』と『????』を所持していた。道理どうりで最初のスキルポイントが1だったわけだ。

 騎乗はオープニングで馬に乗って逃げるから必要ってことか。貴族なら乗れてもおかしくないし。私は走って来ちゃったけどね。

 で、『????』だ。

 名前も不明だし、効果も不明。

 所持しているだけで効果があるパッシブタイプなのか、それとも自分で使用するアクティブタイプなのかもわからない。

 ストーリーが進んだら判明するとか、特定の条件下で使えるようになるとか。

 とにかく、いまはどうにもならなさそう。とりあえず保留で。

 次にレベルを確認する。強敵だったし、期待できそう。

「――って、レベル3?」

 2しか上がってない。一気に5くらい上がってもいいのに。

 あ、でも、さすがにそれじゃ不公平か。たぶん、オープニング中にあの魔族と戦えるのは全プレイヤーの中でも私だけだ。

 そういえば、他のプレイヤーのオープニングってどうなってるんだろ。アバター作成時にスタートする国を決めて、それによって変わるはずなんだけど。

 機会があったら誰かに聞いてみよう。

 続けて私はステータスを見る。

「うーん……」

 エーデの種族は人間で、各種能力は明らかに低い。ベータのときは、レベル1でもこれより高かったと思う。

 とはいえ、まだレベル3だ。今後の成長に期待しよう。MPは若干高いし。

 ジョブは『貴族の令嬢れいじょう』。武術家に変更しようと思ったけど、まだできないみたい。

 FLOにおいての『ジョブ』は、主に役割を示す。

 剣士なら剣を使って戦う。魔法使いなら各種魔法を使う、といった感じだ。戦闘系だけじゃなく、薬師くすし吟遊詩人ぎんゆうしじんといったジョブもある。

 武術家は格闘主体のジョブだ。

 基本的に、戦闘中じゃなければジョブチェンジはどこでもできる。職業選択の自由だね。中には条件を満たさないと就くことができないジョブもあるけど。

 よし、そろそろスキル取得行ってみようか。

 レベルが上がった分、スキルポイントが増えて2になっていた。

 スキルはアバターが有している『技能』や『能力』だ。

 たとえば『騎乗』を所持していれば、リアルで乗馬の経験がなくても、システムが補佐してくれるので馬などに上手に乗れる。

「どうしようかな……」

 私はスキル一覧を眺めながら悩む。

 何はともあれ、まずは『体術たいじゅつの心得』か。

 武術家なら、これがないと始まらない。パンチやキックといった体術の威力にプラス補正がつくのだ。

 そういうわけで体術の心得を取得して、残るポイントは1。

 他にも欲しいスキルがたくさんあったけど、この先何が必要になるかわからない。うまくパーティを組めるかどうかも怪しいし、温存しておいた方がいいかも。

 私はスキルメニューを閉じた。

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