第34話 幕間~ヒロイン視点~
……楽しいな。
こうやって、わいわい夕飯を食べるのはいつぶりだろう?
お父さんは基本的に無口だし、一人で食べることが多いし。
バイト先とかで食べたりはするけど、飲食店だからいつも慌ただしいし。
「お姉さん、このソース美味しいですね。どうやって作ったんですか?」
「ほんと? オリーブオイルにニンニクを炒めて、そこは魚を入れて火を通したら一度フライパンから外すのよ。残った油に白ワインビネガーとバターを入れて少し煮詰めたらソースの完成。あとは、それをかけるだけよ」
「なるほど、勉強になります」
お父さんは洋食専門だけど、家では料理の話はしたくないみたい。
離婚したお母さんは、そもそも料理が苦手だ。
なので、こういう話は貴重だったりする。
「お料理とかは自分で作るのかしら?」
「はい、お弁当とか夕飯は自分で作ってます」
「あら、偉いわね。あんた、聞いた? まったく、少しは見習いなさいよ」
「はは……面目ありません。でも、料理とか苦手だし」
「あんたはお父さんに似て壊滅的だからね……はぁ、仕方ないか」
そんなお姉さんとのやりとりを見て、少し懐かしくもあり羨ましくもある。
私とお兄ちゃんも、何もなかったらこんな風に過ごしてたのかな?
そしたら、家族四人でご飯とか食べてたのかな?
……なんて、それを言っても仕方ないよね。
「えへへ、仲が良いんですね」
「いいのかしら? まあ、手のかかる弟ではあるけど」
「私も年の離れたお兄ちゃんがいるんですけど、ずっと小さい頃のままって言ってました」
「そんなものよ。高校生になっても、まだまだ子供だし」
すると、耐えきれないというように吉野君が顔を上げた。
「そ。その辺にしよう! ほら、食べないと!」
「あー、照れてるー?」
「て、照れてないって!」
「ふふ、でも確かに食べないとだわ。あんまり遅くなってもいけないし」
「そうだ、お父さんが帰ってくる前に帰らないと」
私は食事に集中して食べ進める。
もっと、この時間が続けばいいのにと思いながら。
だけど、そんな訳にはいかなくて……食べ終えてしまう。
「ご馳走様でした。お姉さん、とっても美味しかったです!」
「ふふ、それなら良かったわ」
「あ、あの! 洗い物くらいはさせてください!」
「……そうね、その方が気を遣わないで済むかしら。ほら。あんたも手伝いなさい」
「わかってるよ。松浦さん、一緒にやろうか?」
「うんっ」
二人で並んで洗い場に立ち、私が洗い物をして、吉野君がお皿を拭く。
こういう感じも久々だった。
お母さんがいた頃は、よく手伝っていたんだけどね。
「ふんふふーん」
「随分とご機嫌だね?」
「だって、洗い物って一人でやってもつまらないでしょ? だけど、今は吉野君いるから」
「あぁー、掃除とかもそうだよね」
「うんうん、一人だとやる気起きないよねー」
そして、あっという間に洗い物が終わってしまう。
時間も九時を過ぎているので、そろそろ帰らないといけない。
今日はバイトだって言ってないし、お父さんが帰ってきたら面倒だ。
「それじゃ……私、帰りますね」
「拓馬、送って行きなさい」
「うん、もちろん」
「別に平気だよ? 自転車で行けば二十分くらいだし」
確かに帰り道とか、たまに怖そうな人いるけど。
実は、声をかけられたこともあるし。
「ダメよ、女の子を預かったのだから。それに、何かあってからじゃ遅いもの」
「えっと、送らせてもらえると助かるかな」
「……じゃあ、駅まではお願いしようかなっ」
私は帰りの支度を済ませ、玄関で最後に挨拶をする。
「お姉さん、今日はありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ。こんなにしっかりしたお嬢さんが、弟と友達なってくれて嬉しいわ」
「えへへ、私が強引に友達になってくださいって感じだったですけど」
ほんと、我ながら強引だったと思う。
普段だったら、うざかられると思って絶対にやらないし。
あの時は、吉野君と……スレイさんと仲良くなりたくて必死だったからなぁ。
「まあ、なんて贅沢な子。それと……貴女さえ良ければ、いつでもうちに来ていいからね。それこそ、私がいてもいなくても」
「……いいんですか?」
「もちろんよ。今日は、その確認のために呼んだんだから」
「やったぁ! ありがとうございます!」
「それと夕飯も事前に言ってくれれば食べていっていいわ」
「あっ……」
それは、実は一番言って欲しかった言葉でもある。
流石に、自分からは言い出せないから。
「うんうん、松浦さんさえ良ければそうしよっか」
「ええ、私達も楽しかったから」
「私も楽しかったですっ。そ、それじゃ、また是非!」
「ええ、それでは気をつけて帰ってね」
お姉さんに見送られ、私は吉野君と一緒に自転車に乗り込む走り出す。
ちなみに並走したり、あまり話したりはしない。
最近は、そういうので事故が多いから気をつけてはいた。
なので、ただ吉野君の背中を見ながら自転車を走らせる。
そして、十分ほどで駅に到着する。
「吉野君、ありがと。もう、ここで平気だよ」
「わかった。それじゃ、気をつけて。その……また、遊ぼう」
「うんっ! 次はいつがいいかなー」
「いやいや、勉強がメインだから」
「えへへ、そうでした」
でも、実際にどうしよう?
テストの中間前に、バイトも入らないとだから忙しいし。
他の友達との付き合いもあるし……吉野君は、多分彼らとは合わないよね。
「どうかした?」
「ううん、なんでもない。とりあえず、テスト前にあと一回くらい行ってもいいかな?」
「もちろん。松浦さんは人気者だし忙しいから暇な時でいいよ」
「むぅ……別に暇だから吉野君と会ってるわけじゃないんだよ?」
「わ、わかってます」
「それなら良しとします……それじゃ、またね」
名残惜しいけど、私は手を振って再び自転車を走らせる。
幸い、お父さんはまだ帰っていなかったので事なきを得ました。
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