第53話 あっという間に

それから二日後、俺がバイトに入ると松浦さんと顔を合わせる。


実は、あの日以降……一度もまともに話してないし、やりとりもしてない。


今日はシフトが被っていたので会うことはわかっていた。


「お、おはようございます」


「おはようございますっ」


き、気まずいけど何か言わないと……。


「相変わらず、この言葉には慣れないよ」


「……ふふ、そうかもね。私も、朝じゃないのにおはようなのが不思議だったもん」


「なんか、この業界だけって聞いたよ」


「うんうん、私も……仕事には慣れたかな? ごめんね、昨日は休んだから」


松浦さんは俺の指導員だったけど、昨日は体調不良で学校も休んでいた。

多分、前日に雨に濡れたのが原因だと思う。


「いや、平気だよ。それより、風邪はもう平気?」


「うん、一日寝たしばっちし」


「……良かった、普通に話せて」


今日も学校では一度も目が合わなかった。

てっきり、覗いてしまったことを許してないのかと。


「そ、それは……」


「いや、わかってます。それじゃ、今日もよろしくお願いします」


「う、うん……あれ以外にもあったから恥ずかしいだけだもん」


「あれ? 何か言いました?」


「な、なんでもない! よし! 今日もビシバシいくからねっ!」


「お、お手柔らかに……」


そして松浦さんが見守る中、接客をしていく。

来客のご案内からお冷だし、注文を受けてキッチンに伝票を持っていく。

ここは昔をイメージしているので、電子系の処理は一切ない。

なので、オーダーミスには特に気をつけないと。


「ふぅ……ひとまず、ピークは過ぎたかな」


「もう八時半だからね。うんうん、大分良くなったかも」


「ほんと? ほっ、それなら良かった……まだ緊張するけどね」


「そこは慣れるしかないかなー。とにかく、慣れないうちは慌てないこと。これはゲームの時、いつも吉野君が言ってたことだよ?」


ゲームでも、初心者のうちは慌てないことが肝心だ。

焦りはミスを生むし、仲間に迷惑をかける。

そっか……そうやって考えれば良いのか。


「確かに……ということは、困ったら仲間に頼る?」


「正解っ! みんな歳上だし、頼ったら良いと思うよ」


「そういや、高校生は三人しかいないんだっけ」


「後の一人は受験生でお休みしてるから、実質私たち二人だよ」


入ってから知ったが、ここの審査は割と厳しい。

可愛い制服目当てに入って、それを写真とか撮ってすぐに辞める人がいたとかなんとか。

そもそも客の年齢層が高いので、結構人を見るらしい。


「とりあえず、まずは話せるように頑張ります……」


「ふふ、そこからだね」


「吉野君、ちょっと良いかな?」


「あっ、店長。松浦さん、行ってくるね」


「うん、いってらー」


店長に呼ばれたので、そのまま裏に入っていく。


「ごめんね、仕事中に」


「いえいえ。その、何か問題ありましたか?」


「いやいや、お説教とかじゃないよ。むしろ、良く頑張ってると思って。この調子なら、もうすぐ研修バッチを外しても良いかも」


「あ、ありがとうございます」


「それじゃ、引き続き頑張ってください」


「はいっ」


その後少し雑談をして、店長室に戻っていった。


「よし……!」


「えへへ、よかったね?」


「松浦さん? 聞いてたの?」


「だって心配だったし。でも、夏休み前には外れそうだね」


「そっか、もう六月も半ばなんだ」


なんだか、あっという間に過ぎた気がする。

多分、これが充実してたってことなのかもしれない。


「そうそう。今週末には体育祭だし、終わったらすぐに七月になっちゃう。そうなると、期末テストもすぐだよね」


「バイトもあるし、夏休みまであっという間かもなぁ……そっか、夏休みもバイトか」


「うん、一緒にがんばろっ。あと……夏休み遊んでくれる?」


「えっ? も、もちろん!」


「……えへへ、楽しみっ」


すると、少しはにかんで笑う。


それは、いつもとは少し違って見えて……ドキッとしてしまう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る