第35話 松浦さんのお願い

それから、早くも日にちが過ぎ……あっという間にテスト間近になる。


そして、そんな中……俺は何故か、一人で馬車道というファミレスにいた。


事の発端は、松浦さんからの一本の電話だった。




ある日、俺がいつも通り家でゲームをしていると……松浦さんから電話がきた。


「もしもし」


『吉野君、こんばんは。今、平気ー?』


「うん、平気だよ。どうかした? 明日の時間とかかな?」


明日も松浦さんが遊びに……いや、勉強しにくる約束をしてある。

あれから二、三回くらい松浦さんは勉強しに来ていた。

もちろん、時間があればゲームもしたり……流石に夕食は食べてない。

テストまでもうすぐなので、そこまでの余裕はないし。


『それがねー、ちょっとバイトを頼まれちゃって……それを引き受けたいんだ。前に、代わってもらった子が風邪を引いちゃったみたいで』


「あっ、そうなんだ。俺の方は気にしないで良いよ」


ちょっと……いや、かなり残念だけど。

どうやら、自分が思ってた以上に楽しみにしていたらしい。


『むぅ、あっさりしてる……』


「えっ?」


『私は、勉強会を楽しみにしてたのに……』


「あっ、いや……俺も楽しみにしてました」


そっか、松浦さんも楽しみにしてくれてたんだ。

あと、こういう時は素直にいうべきなのか。


『ほんと? それなら良かった〜。でも、吉野君との勉強って結構捗るんだよね』


「あぁー、それは俺もかなぁ。多分、弱点を補ってる感じかと」


『うんうん、相性が良いのかも……その日って、空いてるってことだよね?』


「えっ? まあ、松浦さんのために空けておいたし」


そもそも、俺はぼっちの暇人である。

松浦さんとの約束がなければ、誰とも遊ぶことはない。

……なんということでしょう。


『ふむふむ……よし、そうしよっ。吉野君、その日は私のバイト先に来れたりする?』


「はい? どういうこと?」


『少し変則的なシフトでね、二半時から五時まで休憩なの。一度着替えて家に帰るのも面倒だから、その間に店のテーブルを借りて勉強をしようと思ったんだけど……吉野君さえ良ければ、一緒にどうかなって』


「……でも、それって色々な人に見られるよね? それこそ、知り合いとかいたり……」


『あっ、吉野君は嫌だよね………』


……だァァァ! 自分の卑屈さが嫌になる!

この間、そういうのはやめようって決めたじゃんか!


「ごめん、前言撤回します。松浦さんさえ良ければ、一緒に勉強しよう」


『ほんと!? 嬉しいっ! えっと、今のバイト先には同じ高校の人いないから大丈夫だと思う!』


「そこは、もう気にしないから平気。その、松浦さんが良ければ良いよ」


色々な人に言われるだろうけど、それは俺と松浦さんの友情には関係ない。

俺といることで松浦さんが、何か言われなければ良いとは思うけど。


『……えへへ、ありがと。でも、しばらくは内緒にしておくね』


「……まあ、それはそれで助かります」


『私も、実はそっちの方が助かったりするし。ほら、秘密の関係って感じでいいよね』


「秘密の関係……」


『へ、変な意味じゃないからっ! それじゃ、詳しいことはラインするねっ!』






……とまあ、そんな感じで決まったんだった。


「いや、それは別にいいんだ。俺も、納得して受け入れたし」


ただ、これはどうにかならないのだろうか。

他のお客の迷惑にならないようになのか、従業員専用の扉近くの席に通されてしまった。

故に、このような状態になってしまう。

いや、わかってはいたけど……それとこれとは話が別である。

何せ俺は、人の視線に晒されるのが苦手なのです。


「なあ、松浦さんが呼んだ男ってあれ?」

「へぇ、松浦さんってああいうのがタイプなのかな?」

「別に変ではないと思うけど。割と可愛い顔してるし」

「でも、釣り合ってないですよー」


そう、先程から店員さん達の視線が痛い。

松浦さんが事前に言っておいたのか、めちゃくちゃ興味深々って感じだ。

俺も松浦さんが恥ずかしくないように、ご奇麗な格好にはしてきたんだけど。

一応、髪も自分なりにセットしてきたし。

そんなことを考えていると、ようやく見知った顔が現れてくれた。


「吉野君、待たせてごめんね」


「いや、平気……」


そこで俺の言葉が詰まる。

ここのファミレスは少し特殊だ。

女の子は大正レトロを思わせる、矢羽色やばねいろの着物や和服を着ている。

髪型はポニーテールにリボンをつけ、袖は捲ってたすき掛けにしていた。

その姿は輝く金髪とのギャップもあり、めちゃくちゃ可愛い。


「吉野君?」


「あ、いや、その……制服、似合ってます」


「ふえっ? ……あ、ありがとうございます」


松浦さんは立ったまま、もじもじして座ろうとしない。


それがまた可愛くて、全身が熱くなってくる。


俺もどうして良いかわからず、下を向くのだった。

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