第49話 初バイト

 ……凄いや。


 改めて、松浦さんのコミュ力の凄さに圧倒される、


「あっ、今日もいらしてくれたんですね!」


「ふふ、そうなのよ。貴方の顔が見たくて」


「お母さんってば、うちの息子の嫁にきてくれないかって大変なのよわ「


「だって、こんなに笑顔で明るい子なんだもの」


「えへへ、ありがとうございますっ。それじゃ、注文を承りますね」


 そして雑談を話しながら、さらっとオーダーを取っていく。

 そんな感じで、お婆さんやお母さんには大人気。


「なあ、注文しても良いかい?」


「はいっ、少々お待ちください……えっと、スフレケーキですか?」


「お、おう……あと、コーヒーも」


「ふふ、コーヒーもですね」


 少し強面なおじさんも、このように手のひらって感じだ。

 ……どうしよう? まるで参考にならないんだけど?


「ところで、後ろのにいちゃんは新人さんかい?」


「はい、そうなんです。吉野君っていいます」


「よ、よろしくお願いします」


「こんな可愛い女の子に指導してもらうとは羨ましい少年だな。まあ、しっかりやんな」


「が、頑張りますっ」


 そんな感じで、俺はひたすら後ろをついて回るのだった。







 一時間ほど経って、ひとまず裏に戻される。


 ……何もしてないのに疲れた。


 これでは、先が思いやられるや。


「お疲れ様」


「はは……何もしてないけどね」


「でも、初めてって気疲れしちゃうでしょ? ずっとガチガチだったし」


「はい、仰る通りかと」


 俺の方は見てなかったのに気づいていたのか。

 やっぱり、周りのことを良く見てるんだなと思った。

 注文をしづらいお客様とかいると、自分から駆け寄ったりしてたし。

 俺もそうだけど『すいません』って言うだけで緊張するから助かるよね。


「すぐに慣れるから大丈夫だよ」


「そうだといいけど」


「だって、私とだって最初は目も合わせてくれなかったもん。でも、今ではそんなことないでしょ?」


 そう言い、俺の顔をじっと見つめてくる。

 俺は恥ずかしさから、そっと目を逸らしてしまう。

 確かに最近は気にならなくなったけど、この子は途轍もない美少女なのだ。


「あっ、逸らした〜」


「い、 今のは逸らすってば」


「ダメです〜、こっち見てください」


「か、勘弁してください」


 そんなことをやっていると、店長さんが近づいてくる。

 俺と松浦さんは姿勢を正して向き合う。


「やあ、お疲れ様でした。吉野君、どうかな? 自分が何をするかわかったかい?」


「えっと……席のご案内から注文を受けて、それをオーダー表に書いてキッチンへ渡すですか?」


「そう、それが基本的な仕事になる。まずは、それだけを中心に覚えてもらうよ。ジュースサーバーのメンテナンスとか、コーヒーの淹れ方とかは後で大丈夫だから」


「はいっ! その……中々覚えられないかもしれないですが、出来る限り頑張ります」


 すると、店長と松浦さんが顔を合わせて微笑んだ。


「ほら店長、私の言った通りでしょ?」


「まあ、面接の時点でわかってたはいたさ」


「なんの話ですか?」


「いや、君の様子を見てた従業員から平気かって言われてね」


「……無理もないかと思います」


 我ながら、おどおどし過ぎている。

 それらは俺の今までの生き方が招いたことなので、受け止めるしかない。


「でも、すぐに言わなくなると思うから。仕事は後からでも仕込めるけど、人柄はそうはいかないからね。君は良い子だし、真面目そうだから」


「すっごく優しいんですよ! 私が困ってた時に、さっと助けてくれたり。怖そうな人に立ち向かってくれたんです」


「へぇ、それは意外だね。 うんうん、青春って感じだよ」


「あぁー! その話はやめて!」


「ええー? かっこよかったのに」


 その後、シフトに入ってきた従業員の方々と、キッチンの方々に挨拶をする。


 再びホールに戻り、俺は気合を入れて仕事内容を覚えるのだった。








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