第50話 勇気

 体育祭の練習や慣れないバイトをしてると、あっという間に日が過ぎていく。


 六月も二週に入り、今週末には体育祭となる。


 そんな中、松浦さんは相変わらず元気だった。


「もうすぐ体育祭だね! みんな頑張ろっ!」


「おー! やったりますか!」


「先生が飯おごってくれるっていうし!」


 みんなを盛り上げたり、俺みたいにノリ?がわからない人にも、分け隔てなく接している。

 おかげで、疎外感を覚える人も少ないはず。


「おいおい、勝てばの話だよ。先生の安月給をナメンナヨ」


「先生、最後カタコトだよー?」


「松浦……まあ、お好み焼きくらいなら許してやる」


「「「ウォォォォォォ!」」」


 俺も輪の中には入れないけど、そこまで気まずいってわけじゃない。

 これも多分、松浦さんのおかげだと思う。






 ……あれ? 俺は何を?


 ぼけっとする意識の中、何やら声が聞こえてくる。


「あーあ、めんどくさい」


「松浦さん、ちょっとうざいよなぁ」


「何が体育祭頑張ろっだよ。絶対に、俺たちの事を見下してる癖に」


「そうそう。なのに、俺たちみたいな陰キャにも愛想振りまいて」


 あっ……この二人、松浦さんのことを言ってる。

 そう思う人もいるっていうのは、松浦さん本人からも聞いていた。

 というか、俺がいるのによく話してるなぁ。

 ふと目を開けると、俺の頭には何かが被さっていた。


「これ、なんだろ……ああ、カーテンか」


「うわっ!? だ、誰だ!?」


「……なんだ、吉野かよ」


「えっと……」


 どうやら、うつ伏せになって寝てしまい、その上にカーテンが乗っかってしまったらしい。

 名前は覚えてないけど、俺と同じように目立たない二人だ。

 でも悪ノリする男子に絡まれてるところを、松浦さんが助けてるのは見たことある。


「こいつなら平気でしょ。俺らと同じく目立たない陰キャだし」


「むしろ、話し合うんじゃね? 松浦さん、なんか偽善臭くて嫌だよな?」


「なんか、無理して俺らに構ってるというか」


「そうそう。絶対に陰で、俺らのことキモいとか言ってるし」


 俺は松浦さんのことを、全部知ってるわけじゃない。

 それでも、そんなこと言う女の子じゃないのは分かる。


「その……君たち自身の気持ちは否定しないけど……俺は松浦さんが、そんなこという女の子には思えない。俺もノリとかよくわかんないし、クラスのみんなについてけないこともあるけど……それでも、居心地悪いって思ったはことない。君たちも、そうなんじゃないの? それとも、虐められたりした?」


「そ、それは……」


「な、なんだ、こいつ……はっ、実は好きだとか?」


「ああー、そういうやつ?」


 好き? 俺が松浦さんを? ……考えたことなかったや。

 まあ、それは今はどうでもいい。

 今度は、俺が松浦さんの力にならないと。


「それはどっちでもいいよ。ただ偽善だっていいと思う。少なくとも俺は、松浦さんに救われたから。彼女のおかげで、学校に行きたくないって思わなくなったから。君たちだって、彼女に助けられてたよね?」


「っ!? ちっ、帰ろうぜ」


「ま、まてよ!」


 気まずい顔をした二人が、足早に教室から去っていった。

 その瞬間、俺の体から力が抜けていく。


「——はぁ〜……い、言えた」


「へぇ、やるじゃん」


「へっ?」


 振り返ると、そこには見知らぬギャルの女の子がいた。

 髪は茶髪で軽くパーマがかかっていて、制服のブレザーを着崩している。

 間違いなく、俺とは関わらないタイプの女の子だ。


「いや、ちょうど今の見てたからさ。見かけによらず、やるなって思った。何も言わなかったら、私が行くところだったし。うち、ああいうのは嫌いなんだよね」


「ど、どうもです……」


「あんた、名前はなんていうの? 私は長谷川絵里って言うんだけど」


「えっと、吉野拓馬っていいます」


「じゃあ、拓馬だね。ふふ、今度会ったら飯でも奢るよ」


 そう言い、その人も去っていく。


 俺は訳がわからず、しばらくその場で立ちつくすのだった。

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