第55話 借り物競争

 その後、滞りなく体育祭は進んでいく。


 あとは、借り物競争とリレーを残すだけとなる。


「最後までがんばろー!」


「おおー!」


「あと少しで学年トップだし!」


「やるかー!」


 松浦さんの掛け声で、みんながやる気を出す。

 ああいうこと言う人もいるけど、やっぱり俺個人としては素敵だなって思う。

 ネットか何かで見たけど、いじめのないクラスっていうのは誰かの悪口が少ないとか。

 それは間違いなく、彼女のおかげだろう。


「吉野君、頑張るから見ててね?」


「う、うん? 頑張って」


「えへへ、ありがと」


 最近、やたらと松浦さんが可愛くみえる。

 いや、元々可愛いんだけど……なんとかいうか、俺に向ける顔が可愛い? ……俺、大分気持ち悪いこと言ってるな。


「じゃあ、最前列で応援してるよ」


「ほんと? よーし、頑張っちゃおう。あのさ……ありがとね」


「へっ? 何があったかな?」


「ううん、わかんないならいいの」


 そう言い、松浦さんは待機場所に向かっていく。

 俺はよくわからずに、首をかしげるのだった。




 ◇


 その後、借り物競争が始まる。


 うちは特殊でトラックの一周が二百メートルあって、五十メートル事にお題が入ってる箱がある。


 それを探して連れてくるなり持ってくるなりして、次の箱に向かう。


 当然、一度箱の位置に戻ってからのスタートだ。


「はい! 黒いボールペン持ってる人!」


「俺持ってる!」


「私も!」


 流石は松浦さんだ、次々と生徒が反応して手を上げていく。

 一番近くにいる人のを借り、次のお題へと走っていく。

 そして、次々とクリアしていき……最後のお題で止まってしまう。


「おおっと! 我が校のアイドル松浦結衣選手! ここで止まってしまったぞー! 最後のお題は、物ではなく人がお題となっている! 何か迷いそうなお題だったのか!?」


「どうしたんだろ? 松浦さんなら、知り合い多いし問題ないと思うけど」


 松浦さんは紙を手にして固まってしまう。

 その間に、次々と後続の人が追いついてきた。

 このままだと、一位を取れなくなってしまう。

 ……松浦さん、負けたくないし、応援してって言ってた。


「よし……松浦さーん! 頑張ってー!」


 俺が勇気を出して声を出すと、松浦さんがこちらに振り向く。

 そして、そのまま俺の方へと走ってくる。


「へっ?」


「吉野君! きて!」


「は、はい?」


「い、いいから!」


「わ、わかった!」


 何やら慌てた様子の松浦さんに手を引かれ、俺はレーンの上を走る。

 俺はといえば、ゆらゆらと揺れるポニーテールが綺麗だなとか場違いなことを考えていた。

 そのままゴールまで向かい、係員の生徒の元に松浦さんが駆け寄る。

 その子は……俺が男子生徒に注意した時、話しかけてきたギャルの女の子だった。


「絵里! お願い! ……上手くやって」


「なに、どうしたの……はぁー、なるほど。これは問題だわ……というか、後でクレーム入れておく。これ系は入れないって決まりなのよ」


「そ、そうだよね? だって、こんなのよくないもん」


「……なんの話?」


 俺には、なにが何だかわからない。


「あんたはあの時の男の子だよね……松浦選手のお題は勇気のある人!」


「吉野君は目立つの苦手なのに、声を大にして応援してくれたから選びました!」


「おおー! そういうことか!」


「たしかに勇気ある人って悩むわ!」


 なるほど、あの声援で選ばれたってことか。

 それなら、少しは力になれたのかな。

 ただ、さっきの会話と噛み合ってない気もするけど。


「よ、吉野君、手……離してもいい?」


「あっ! ごめん!」


「う、ううん……協力してくれてありがと」


「いやいや、力になれたなら良かったよ」


「えへへ、勇気もらったから」


 そう言い、弾けるような笑顔を見せる。


 俺はあまりの破壊力に、膝から崩れ落ちるのを必死に耐えるのでした。




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