第3話 髪を切りに行く
次の日の金曜日、学校が終わった俺は珍しく寄り道をする。
来たのは、明日来る予定の所沢だった。
今月発売のゲームを我慢したお金を持って、まずは1000円カットじゃない美容院に行く。
1000円カットを馬鹿にしてるわけじゃないけど、今回はしっかりしようと思っていた。
何より、姉さんが予約しちゃったし……しかし、早くも後悔していた。
「いらっしゃいませー。ご予約の方ですか?」
「は、はい! 吉野です!」
「吉野様ですね、シャンプーはしますか?」
「シャ、シャンプー……お任せします!」
「えっと、料金が変わってしまうので……」
ぬぉぉぉ!? 1000円カットにはなかった仕組みが!
これだからお洒落なお店は苦手なんだ!
「そ、そうなんですね。それじゃ、なしで大丈夫です」
「はい、かしこまりました。それでは、席に案内いたしますね」
「お、お願いします」
席に着いた俺は下の床を眺め……ァァァ! おしゃれな空間! 綺麗なお姉さん! 緊張するぅぅ!絶対に笑ってるよ! こいつ、こんななりしてうちの店に来たって!今だってシャンプーのくだりとか!
「それでは、担当の者が来るのでここでお待ちください。前に雑誌があるので、よろしければこういう風にしてほしいとかあれば仰ってくださいね」
「あ、ありがとうございます」
いや、そんなこと思ったら失礼だ。
俺はひとまず置いてある雑誌を手に取り……絶望する。
なんだ、このイケメンたちは。
俺がどう頑張ったところで、こんな風になるわけがないじゃないか。
あの店員さんに、俺はこれがいいですと言わないといけないのか。
「か、帰りたい……」
「あれれー? 吉野君?」
「……ま、松浦さん?」
その声に振り返ると、隣の席に松浦さんが座っていた。
赤いチェックのスカートに、白のTシャツに少し大きめの黒いカーディガンを着ていた。
相変わらずめちゃくちゃ可愛い人だ。
ちょうど切り終わりらしく、髪を整えてもらってるみたい。
「やっほー。吉野君、ここの美容院に来るの? 私は行きつけなんだけど会ったことないよね?」
「え、えっと、俺は、その……初めてです」
迷ったけど、この子は人を馬鹿にするようには思えなかった。
なので、勇気を出して本当のこと言う。
「あっ、そうなんだ? それじゃ、勝手がわからないよね。どういう感じにしたいとかある?」
「どういう感じ……えっと、清潔感とかですかね? 今度、お世話になった人に初めて会うので……」
「ぐーぜんだね、私もなんだー。今度、会いたい人に会えるから。うんうん、気合い入るよね」
「その、松浦さんも?」
「そうだよー。だから、こうして美容院に来てるんだ。えへへ、緊張して話せるかわからないけどね」
「はぁ〜……そうなんですね」
こんな可愛いが会いたい人で、なおかつ緊張する人か。
きっと、めちゃくちゃイケメンでいい人なんだろうなぁ。
でも、こんなに可愛い人でもきちんとやるんだ。
なら、俺みたいのは少しでもましになるようにしないと。
「というか、どうして敬語なの? タメだし、同じクラスだよー?」
「す、すみません……じゃなくて、ごめんなさい」
「ううん、謝ることはないけど。良かったら、普通に話してね?」
「……頑張ってみる」
か、可愛い……ウインクされた。
普通とか無理! こちとら女子と会話すら難易度高いし!
すると、俺の後ろにイケメンの店員さんが立つ。
……イケメンさんと美少女に挟まれた! 上手く息が出来ない!
「お待たせしました。担当させて頂く、上野と申します。本日は、どのようになさいますか?」
「あっ、いや、その……」
「上野さんー、吉野君は髪が長いし重たいからさっぱりとしたいみたい。けど、冒険はしたくないみたいな? だから全体的に切って、後は軽くすく感じでいいかも……吉野君、どうかな?」
「は、はい! それでお願いします!」
ァァァ! 松浦さん、めちゃくちゃいい人だ!
あんまり冒険もしたくない気持ちもわかってるし!
……そりゃ、モテるわけだよね。
「了解です。それじゃ、切っていきますね」
「よ、よろしくお願いします」
「はは、任せてください」
シャッシャッと、髪を切っていく音がする。
俺は視線をどこに向けたらいいのかわからず、あちこちに目がいってしまう。
「それじゃ、私は終わったから帰るねー」
「ま、松浦さん、その……ありがとう」
「えへへ、どういたしましてー。あと、話すのが苦手だったら目を閉じてればいいよ」
「あっ、そうなんだ……でも、失礼じゃないかな?」
「お客様、平気ですよ。それぞれにタイプが違いますから」
「そうそう、ここは良いところだからオススメ」
……おぉ、中身までイケメンな人と、中身まで素晴らしい女の子がいるんだ。
ずっと、こういう人達は俺みたいのを馬鹿にしてるって思ってたけど。
人それぞれってことなのかも……ちょっと、考え直さないとかなぁ。
「それじゃ、失礼して……」
「じゃあ、またねー」
「あっ、はい」
そうして、タタタッという足音と共に良い香りが遠ざかっていく。
少し心細いというか、残念だなって気持ちが出てくるけど……。
でも、おかげでどうにか髪を切ることができた。
……何かお礼とかしたいけど、そんなことしたら気持ち悪いかなぁ。
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