第37話 ヒロイン視点

……あれ? 私、何をしてるんだろ?


確か、勉強をしてたはずなのに。


ふと目が開くと、そこには男の人の顔。


優しい表情で、私を見ている吉野君と目が会う。


「……ええっ!?」


「あっ、起きたかな?」


「も、もしかして……寝てた?」


「うん、途中からだけど」


私は恥ずかしさから思わず両手で顔を隠す。

変な顔してなかったかな!? 寝言とかいびきとか!

そもそも、人前で寝るのが初めてだからわかんない!


「あぅぅ……寝顔見た?」


「えっと……はい、すみません」


「変な顔してない? 寝言とか」


「全然してないよ」


「ほっ、良かった……ってバイト!」


私は慌てて起き上がり、時計を確認する。

すると、いつの間か四時半近くになっていた。

三時半から四時半はいつも暇で、店内には私達しかいないみたいだ。

なので、店員さん達も奥にいるらしい。


「まだ五時前だから平気かな?」


「う、うん、危なかった〜私、どれくらい寝てたかな?」


「三十分くらいだよ。それまでは集中して勉強してたみたい」


「むぅ……折角、吉野君と勉強してたのに」


「バイトに勉強も頑張ってたから疲れてたのかもね」


そう言い、優しく微笑んでくれた。

目が無くなり、くしゃっとして少し可愛い。

吉野君といると、ほのぼのして癒されるよね。


「うーん、そうかも……あっ、パンケーキある!」


「店長さんが、サービスって言ってたよ」


「でも、減ってないよ? これ、多分だけど吉野君に持ってきたんだよ。だって、ワンプレートだもん」


「えっ? そうだったの? てっきり、いつも頑張ってる松浦さんにかと」


……どうしよう? 実は少しお腹が空いてます。

でも、これは吉野君のだと思うし。


「それじゃ、半分っ子にしよっ?」


「へっ? ……これを?」


「うんっ。時間ないからささっと食べちゃおう」


「わ、わかった。それじゃ、俺が切り分けるね」


吉野君はナイフとフォークを使い、パンケーキを半分にする。

すでにバターは溶けていてしまったみたいなので、全体にシロップをたっぷりかけた。

そしてフォークで突き刺し、私に差し出してきた。


「はい、どうぞ」


「わーい、ありがとう……はむっ……うーん美味しい!」


「……へぁ?」


「もぐもぐ……どうしたの?」


何やら吉野君が固まって動かない。

目が見開き、じっとこちらを見ていた。


「いや、その……俺はフォークごと受け取るものかと」


「……っ〜!? そ、そうだよね! ごめんなさい……」


あ、あーんをしてしまいました!

まだ寝ぼけてたのかも!

何も考えずに、パクッとしちゃった……。


「俺は平気だけど……」


「むぅ、私ばっかり恥ずかしい。寝顔も見られちゃうし……吉野君、ずるいです!」


「ええっ!? 理不尽な……」


「女の子とはそういうものなんですよー。というわけで、吉野君にも恥ずかしい目にあってもらいます」


吉野君からフォークを受け取り、今度は私がパンケーキを差し出す。

吉野君にだって、恥ずかしい思いをしてもらうんだから。


「こ、これを食べるの?」


「うん、そうだよー。はい……」


あれ? あーんが出てこない……もしかして、これって私も恥ずかしいのでは?

だめだ、私まだ頭が回ってないみたい。

でも、今更引くことはできないし……どうしよう!?


「松浦さん?」


「うぅー……辱めを受けちゃった」


「どういうこと!?」


「ええい、女は度胸——あーん!」


意を決して、吉野君の口元に持っていく。

そして、強引にパンケーキを押し込んだ。


「むがっ……もぐもぐ」


「お、美味しい?」


「ごくん……お、美味しいです」


あれれ? なんか、私の方が体が熱くなってきちゃった?

私は居ても立っても居られず、どうしたらいいのかわからないでいると……ふと、時計が目に入る。


「よ、吉野君! 今日は来てくれてありがと! 私、バイトあるから行くね!」


「えっ? い、いってらっしゃい!」


私はその場を離れて、従業員専用の扉に飛び込む。

そして、すぐに深呼吸をする。

なんかよくわからないけど、ずっと心臓がドキドキしていた。


「な、何やってるんだろ、私ってば」


「あっ、起きたんだね」


「て、店長……」


「すまないね、無理を言って。顔が赤いけど大丈夫かい? なんなら、夜の部は休んでも……」


「ううん、平気です! さあ、お仕事しましょー!」


私は両頬を叩き、気合を入れなおす。


そして意識を切り替えて、ホールに出るのでした。


……ちなみに吉野君が会計をする時、何故か目が合わせられませんでした。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る