第30話 自分の部屋にて

そのまま、俺の部屋へと駆け込む。


「ごめんね、姉さんが」


「う、ううん、平気……それより手が」


「……すみません!」


無意識に手を繋いで連れてきてしまった。

俺は慌てて手を離す。


「だ、大丈夫……とりあえず座っても良い?」


「そうだね。あっ、そこのクッションを使って良いよ。まだ新品だし綺麗だから」


「うん、ありがとう……ここが吉野君の部屋かぁ」


「特に面白みもない部屋です」


俺の部屋は勉強机とゲーミングチェア、テーブルに本棚とベッドがあるくらいだ。

他は殺風景で、我ながら地味な部屋である。


「ううん、綺麗で良いと思う。へぇ〜男子の部屋ってこうなってるんだ」


「そ、それより、まずはどうしよう?」


「予定通り、勉強にしよっか。吉野君って、成績は良かったっけ?」


「悪くはないと思う。うちは成績が悪いと、ゲームが禁止になるから」


一度、平均点以下を取った時は大変だった。

問答無用でゲーム機は没収され、パソコンも使えなくなった。

もちろん、俺が悪いので仕方ない。

ただ、それ以降は何としても平均点以上は取れるように勉強している。


「あぁー、そうだよね。私の場合は、バイトが禁止になっちゃう。それでバイトが禁止になると遊べなくなるから頑張ってるかな」


「それじゃ、今回は頑張らないとだ。ゲーム禁止になったら……その、松浦さんとも遊べないし」


「うんっ! よーし、がんばろー!」


「お、おー」


彼女に合わせて拳を振り上げる。

相変わらず元気いっぱいで、見てるこっちも元気が出てくる。

俺も松浦さんの対面に座り、ノートと教科書を取り出した。


「ちなみに、何か得意科目はあったりするー?」


「……多分、英語くらいかな。後はほとんど、平均点くらい。ただ、数学が少し苦手って感じ」


「ふむふむ、私は数学が得意で英語が苦手……それなら教え合いが出来そうだね」


「じゃあ、今日はそうしよう。お互いに苦手科目をやって、わからなかったら聞く感じで」


「うんっ、そうしよ」


そこから真面目に勉強を始めるのだった。

お互いに、遊ぶためにも。

しかし、俺の集中力はそう長くも続かなかった。

当然の話で、女の子が自分の部屋にいるからだ。


「あぁー……」


「ん? 何かわからない?」


「いや、そういうわけじゃないんだ。松浦さん、暑かったり寒かったりする?」


「ううん、平気だよ。少し暑いくらいかなー。そうだっ、脱いじゃおう」


そう言い、羽織っているカーディガンを脱ごうとする。

それを見た瞬間、俺は立ち上がり窓を開けた。


「こ、これでいいかな?」


「うん、今日は天気も良いし気持ちいいかも」


「じゃあ、このまま開けておくね」


……危ないところだった。

ワンピース一枚になんかなったら、尚更集中できない。

外の空気を入れたことで俺の精神も落ち着き、どうにか勉強に集中するのだった。






……うーん、ここがわからない。

俺の手が止まり、松浦さんに声をかけようとする。


「あ……」


「うーん……難しいなぁ」


しかし、顔を上げた俺は声が出なくなってしまう。

松浦さんは、いつのまにか前傾姿勢なっており、胸がテーブルの上に乗っていた。

俺はそれから目を離すことができない。


「……あれ? 吉野君、どうしたの?」


「す、すみませんでしたぁぁぁ!」


「わぁ!? び、びっくりしたぁ〜急にどうしたの?」


「とりあえず殴ってください!」


「ふぇ!? ど、どういうこと!?」


するとドアが開いて、姉さんが顔を出す。


「ちょっと! なにしてるの……って何もしてないじゃない」


「お姉さん、吉野君が変なんですっ!」


「うちの弟はいつも変だから気にしないで良いわ」


「はは……変で良いです」


胸を見ていたなど言えるわけがない。

というか、乗るものなんだ。


「えへへ、変なの」


「全く、襲いかかったかと思って心配したじゃない」


「そ、そんなことしないし!」


「お姉さん、吉野君は紳士だから平気ですよ」


……すみません、胸を見てました。

そうだよ、松浦さんは俺を信用して部屋にいるんだ。

なるべく頑張らないと。


「紳士ねぇ……まあ、いいわ。そういえば二時半だけどどうする? 良かったら、お茶でもいるかしら?」


「うん、あると助かる」


「あっ、私やりますよ」


「いいのよ、お客さんなんだから」


「それじゃ……お願いします」


「ええ、任せて」


そして姉さんは去り、再び二人きりになる。


「それで、何があったの?」


「えっと、わからない部分があって」


「どこどこ?」


「えっと、この箇所なんだけど……松浦さん?」


何故か立ち上がり、俺横に座る。

近いので、ふわりと甘い香りがしていた。


「見にくいからこっちの方がいいかなって……ここは、この公式を当てはめればいいんだよ」


「な、なるほど……」


「次はこうして……」


……俺が再び集中できなくなったのは言うまでもない。


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